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6.そして誰もいなくなった~採用は人物重視か実績か

幹部になった小川君

 小川は3回生になった。今年はいよいよ、いわゆる「幹部さん」となる学年である。幹部さんは偉い。なんといっても団の中で多少の無理は効く。もちろん就活にも効く。ただ曲決めなど定演の内容に大きな影響を及ぼすのはいうまでもない。小川にとってはそちらの方が関心事だった。
「オルガンの二の舞は避けたい」
 大学に入って初めての定演は大曲に挑んだものの、演奏は今ひとつだった。当時の幹部さんの考えたことは分からないでもない。しかし、自分たちの代ではいい演奏会にしたいのだ。
 そしてこの春合宿での幹部会で自分が団長に就任することが決まったのだ。
「まさか、本当に団長になるなんて‥‥。『団長になった暁には学内の講堂ではなくホールを借りて定演をやります』なんてこといったからかなぁ。ちょっと調子に乗りすぎたかも‥‥」
 小川は歩きながらさらに考える。
「学外のホールを借りるとすれば賃借料がバカにならないよな。大学の講堂は”ただ”だったからなぁ。当日だけでなくて、前の日もリハーサルで借りるとなれば2日分だし。どうしよう・・・・」
「おい、バッハ先生!」
 後から長谷川が声をかける。が、小川は気がつかない様子で歩き続ける。
「バッハ先生!! お~い、バッハ~。聞こえないのか!!」
小川は振り向きざまに恨めしそうな目をしながら答える。
「うるさい! おまえにその名まで呼ばれたくないんだよ」
「なんで? 後輩から呼ばれたときにはにやけていたではないか。だれだっけ、あの弦バスの1回生女子。だらしない顔したぞおまえ」
「いや、それは・・・」
「なんだ、自覚してんだ。取り持ってやろうか?」
「いや、いい。おまえに間に入られると、却って話がややこしくなりそうだ」
「そうかな~。いい働きすると思いますよ~」
「それはいいから、なんの用だ?」
「何の用って、おまえ、次の授業受けないつもりか? 教室通り過ぎてるぞ」
「え? あ、本当だ! なぜそれを早くいわないんだ。あぁ、もう10分も過ぎているじゃないか!」
「いや、呼び止めようとはおもったんだけどね。ぶつぶついいながら歩いて行くもんだから、どこまで行くつもりなのか確かめてみようかと思ってね」
「変なことを確かめなくてもいいんだよ。あ~、もう始まっちゃってるよ・・・・どうしよう。この先生、単位厳しいからなぁ。しかも出席の配点が高いんだ~」
「おまえなぁ、出席するだけで点数が出る授業というものに疑問を持たないのか? 点数で釣ろうとする魂胆がみえみえじゃないか。授業の内容がいいから学生が行かずにはいられないというものにすべきだと思うよ俺は」
「じゃぁ、おまえはなぜここにいるんだ。出るつもりなんじゃないのか?」
「いや、この授業は取っていない。この程度の出席への配点じゃぁ、まだまだ足りないな」
「何だ、結局出席配点の多いのを選んでいるんじゃないか。なにがまだまだだ」
「それはさておき、何を考え込んでいたんだ?」
「団長選挙の時にホール借りるって言っちゃったからどうしようかと思って考えていたんだ。なんと言ってもうちの団には金がない」
「なんだ、簡単なことじゃないか。演奏会ノルマを増やせばいい」
「簡単に言うなよ。自分のバイト代とか仕送りとかで毎月の部費を工面している人もいるんだぞ。それにくわえて演奏会ノルマを増やすとバイトが忙しくなって練習にこられなくなったり、両立できなくて辞める人も出てくるかもしれない」
「じゃぁ、団員を増やせばいい。編成を大きくすれば大曲にもチャレンジできる。普段と同じ編成で降り番と乗り番をつくればいいんだし」
「確かに!」
「だろ! 部員一人に付き3人勧誘させて、さらにそれぞれに3人勧誘させればあっという間だぞ」
「いや、それはなにか違うシステムになってしまう。納得したの毎年安定して部員が入ってくるようになれば、財政面だけでなく、編成の面でも安定するだろうな、ということなんだ」
「なんだ、おまえを教主にして稼げると思ったのに」
「よし! 幹部会の最初の議題は新入部員の獲得についてにしよう!」
「あれ? それって毎年の幹部さんたちが最初に取り上げていることと同じじゃないか」
「・・・・」

「その程度ですか?」事件

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