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他人のミスか、自分の不幸か

 通販関係で何か不具合が発生した時、まずは状況の確認をするようにしている。荷物が届かないのであれば、荷物番号から状況を確認し、エラーが不明であれば発送元に確認してもらう。基本的に購入の立場であるので、自分がミスしない限りは金銭的なトラブルは発生させないようにしてるし、ミスで発生させてしまった場合は迅速に対応する。顔の見えないやりとりだからこそ、信用が一番大事なのである。

 前置きが長くなったが、表題の話に移りたい。他人のミスか、自分の不幸かという話である。何を言いたいかと言えば、小さな不幸は往々にして他人の小さなミスから始まることが多く、小さなミスだと思えば何となく許す気持ちにもなるという話である。

 例えば、飲食店で食事がなかなかこなかった時。大体が、定員さん側のミスの場合が多い。よくあるのが注文を厨房に届けることを忘れていたり、厨房側が注文をスキップしてしまったりというところだ。飲食店バイトをしたことがあればそんなことはままあることだということはわかる。人間というものはミスをしてしまうものであるし、忙しければ何かが抜けてしまうことはある。しかし、客という立場になってそのミスや抜けの対象となった時、小さな不幸としてそれを体験してしまうのである。この小さな不幸をできるだけ小規模で解決するには、何だか遅いな、と感じたタイミングで、確認するのが一番だ。催促しているようで心苦しいと思うかもしれないが、怒鳴りつけられる訳ではないのであれば、問題ない。催促なんてよくあることなのだから、店員からすればにっこり笑って聞かれれば問題はない。むしろ聞かれてミスが発覚すればお互いに傷が浅く済むのである。そのほうがイライラするほど待って爆発寸前で眉を顰めながら問いただして、慌てて持って来られるよりもずいぶんマシなのである。それににっこり笑って傷が浅く済めば、次も気軽に行けるし、定員の立場からは安心して接客できる人と認識されたりもする。一石二鳥である。

 これは通販でもそうで、何かおかしいなと思った時は、まず状況伝達と確認という態度で問い合わせたほうが、回答が早いし、心証がいい。最初からクレーマーチックであるとビクビクしなが対応しなければならないし、感情で書かれた問い合わせは読みにくいので、更なるミスを生む場合がある。情報伝達と確認という問い合わせであれば、欲しい情報を適切に受け取れるし、相手側のミスだった時は対応が早い上、自分のミスだった時も謝りやすい。確認のテイストで問い合わせるのは自分のためにもなるのだ。そして大抵感情的なクレーマーちっくな問い合わせで、問い合わせ社側のミスだった場合、返答がないことはまぁよくあることである。

 日常のちょっとやなことは、大抵が人が明かした小さなミスの流れ弾だ。わたし自身、小さなミスを犯しがちなので、流れ弾が当たった時は仕方ないなぁくらいで済ませるし、流れ弾が来そうなら回避をしたりもする。つまりは致命傷にならなければ、問題ないのである。そして、流れ弾を打ってしまった方も動揺はするわけなのだから、こっちにタマが来たよ、くらい伝えておけば次からはミスが少なくなる可能性がある。それの方が幾分マシである。

 わたしは、比較的幸運な人間であると思っている。ふりかえれば、何となく不幸だって経験してきたと思う。けれども、そんな小さな不幸があったときも結果的には幸福になったりしたので問題ないのである。他人の小さなミスを自分の不幸だとウジウジするよりも、そんなことあるよね、そんなことないですか?と確認して行った方が健康的だ。自分を含めて人はミスをする。世の中は完璧には回っていない、その意識を持つことができれば多分世の中は小さな幸福で溢れた世界になるのかもしれない。

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