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還元。

一才桜満開、そして落花。

母・得ちゃんが亡くなった時「それではお支度をしますので少しお待ちください。」と病室から出された。

北アルプスが一望できる展望室のような談話室で小一時間過ごした後再び病室に呼ばれ入室するとそこには、小学生の頃に授業参観に来た時の得ちゃんがいた。

看護師さんと介護士さんによって施されたエンゼルケアによってそれまでの闘病生活で得ちゃんが失ってしまったものが全て取り戻されたかのようだった。

お通夜の席でも集った皆さんから口々に綺麗だ綺麗だと言っていただき、死後に独特の、緊張から解けた、でも弛緩ともなにか違う得ちゃんの顔はまるではにかんでいるように輝いていた。

先日の夜勤でお一人の女性をお看取りしベテランのナースと2人で初めて最初から最後までエンゼルケアに携わらせていただいた。

声をかけながらお身体から様々な、もう必要なくなった管や針を抜き生前と変わらない清拭をしドライシャンプーでお髪を洗い、ご主人様がご希望されたお洋服を着ていただいた。

エンゼルケア用に用意された化粧品を使って、黄疸の強く出た皮膚に、濃すぎずでも体温が感じられるようにファンデーションやアイシャドウ、口紅を施す。

体温がなくなっていく中で普通の化粧品を皮膚の上に留めておくのは難しい。時間が経つと粉浮きしたり口紅は滑って垂れてしまったりする。一度色を載せてしまうとそれを取るのも体温がないと難しい。

ナースが医師やご主人様とこの後の手続きを進めるのに退室した後の居室で二人、「どうかなぁ…こんな感じの色、お好きでしたか?…あんまり濃いお化粧はお好きじゃなかったですよね…」などとぶつぶつ話しかけながらすすめていく。

一通りのお支度を終え、ナースと様々な確認をして夜勤業務に戻り慌ただしく過ごし、早番が来て朝食を提供し日勤が来て申し送りが始まりいつも通りの1日が始まる。

夜勤を終えた頃にちょうど葬儀社のお迎えが来てその日出勤の皆でお見送りする。見送った後同僚たちが口々に「Aさんすごくお綺麗だった!ご主人様も綺麗だ綺麗だって喜んでいらしたよ!」と教えてくれた。

今の仕事に就くことを想像もしていなかったあの時の感激と感謝というグリーフケアの経験は、私の手を通して必要とする場所に僅かでも届いただろうか。

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