砂漠、モラトリアム、

そこは果てしの無い広大な砂漠、
宇宙服を着た僕は、何とかその砂漠から抜け出そうとする。
しかし体力は尽き、水は尽き、酸素すら尽き、
僕は一歩もその場から動けないでいる。
このままでは本当に死んでしまう、そう頭では分かっているのに、
眼前に広がる砂漠はひどく広大で、広大で、
果てしがなくて、果てしなくて、
一歩すら、動けるはずのあと一歩すら、踏み出せなくて、
ああ、それにしてもこの砂漠は広大で、広大で、
孤独で、


気が付けば僕は24歳になった。
今だ学生の身。やりたいことは無い。探求したいことも無い。
就きたい職業もない。生きる希望も無い。
それでも何かあるだろう。何かあるだろうと命をつないでここまで来た。
他力本願、衝動に身を任せ、思考しているふりをしてその実思考せず、
気が付けば僕のアイデンティティは失われていた。
あるのは中途半端なスキルと中途半端な自分自身だけだった。
僕は天才ではなかった。凡才でもなかった。なれなかった。
僕は特別ではなかった。普通でもなかった。なれなかった。
そんな中途半端な自分が大嫌いで仕方がなかった。
でもそんな自分も嫌いになれない自分がどこかにいるようだった。

普通の人ができないことに誇りを持った。
普通の人が当たり前にできることに誇りを持った。
その二つの自分が僕の中に共存していて、
どちらの自分も他方の自分に対して攻撃的で、
僕は自分に非難される。当たり前のことをしても、特別なことをしても、
では僕は一体何をすればいいんだろう?
僕は一体何をすれば自分を自分として認められるのだろう?
エナジードリンクを3本常用し、覚束なくなった頭で考える。
穏やかな自暴自棄で緩やかな自殺を行いながら、考えるふりをする。

先日、愛犬が天国へと旅立った。
その時、僕は泣きながら愛犬に約束をした。
「一緒にいろんな景色を見よう。一緒にいろんな場所に行って、いろんな空気を吸って、いろんなことを感じよう。一緒に。そう、一緒だよ。ずっと」
その約束が僕の希死願望を綺麗さっぱりかき消していった。
僕は死という最後の選択肢を失った。
立ち止まってばかりは、いられなくなった。

自分の両の手を見つめる。
僕にはいったい何があるのだろう。
僕にはいったい何ができるのだろう。
相談する人はいない。相談できる人はいる。でも信用できない。
相談を持ち掛けて今まで上手くいった試しがない。
それでも勇気を持って声をかけてみるべきなのだろうと思う。
けれどその勇気は軽薄なプライドという名の自己嫌悪に否定され、
伸ばそうとした手は切断され、昔自分自身が切断した手が用意される。
僕は過去を繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返す。
気が付けば僕は一人を望み、一人を好み、一人を選んでいた。
自分自身に選ばされていた。
また自分自身で、また、僕が、また、
ああ、


僕は砂漠の中心で目を覚ます。
砂漠に降り注ぐ無差別な日差しが僕の顔と宇宙服を焼く、
宇宙服の中に籠った熱気が僕の意識を混濁させる、
僕はまた意識を失いそうになる。
よく見ると僕はまだ一歩も前に動けていないらしかった。

ああ、そうだ、前に進まないと、
一歩でも、今日は一歩だけでも、少しづつでも、
前に進んでいかないと、
でも、足が重くて、身体に力が入らなくて、動けなくて、
助けを呼ぶ?
でも、あのスマートフォンをどのポケットに入れたのか、
覚えてなくて、探す気力もなくて、

...前に、進まないと、
ああ、それにしてもやっぱりこの砂漠は広大で、広大で、
孤独で、

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