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竜のいる村

「竜がいることにしましょう」

 あっけにとられる村の衆に向かって、広場の中央に進み出た男は、左右非対称の笑みを浮かべた。

「お困りなんでしょう? 野盗。どうかして追っ払いたい。なら、悪い話じゃないと思いますがね」

 フロートという名であること、人を待っていること、子どもに好かれる以外に素性の分からぬ若い男は、彼方の山を仰ぐ。

「あそこなら、棲み処にはお誂え向きですし」

 村人たちは目くばせをしあう。以前、あの山には小さな竜が住んでいた。その竜が他所から来た一行に討伐されて初めて、平穏は竜によって間接的に守られていたと、村は思い知った。

「いないんなら好都合。別の竜がやって来たことにして、野盗ども脅かしてやりゃあいいんです」

 芝居掛かった身振り手振りの男が語る荒唐無稽な提案に、しかしそれを指摘する者はいない。

「なにも、でかいハリボテ作ろうってんじゃあないですよ。存在感だけに真実味を持たせればいい。日常魔法が使える方は?」

 立て板に水と喋り続ける男に、お待ちになってとようやく声を上げたのは、村の教会を預かる老婦人だ。

「旅の方。嘘はだめです。教えに背きます」

「おっしゃる通りで。それじゃあ、こう考えちゃ貰えないでしょうかね」

 男は腕を広げ、夕暮れに染まる広場をぐるりと見渡した。

「これは舞台です。収穫祭やなんかでやるでしょう。あれと一緒」

 男は指を鳴らして一輪の小さな白い花を手の中に生み出し、老婦人の手に握らせた。

「何を隠そう、卑しくも人に夢を見せることが自分の生業でございます」

 胸に手を当て、ゆっくりと一礼する。

「お世話になってる恩義もありますからね。この村を舞台に、芝居をひとつ、やらせちゃもらえませんか? そこに皆さんの手をお借りしたいんです」

 懇願するように頭を下げ、そっと老いた修道女の様子をうかがう。妥協の嘆息が聞こえ、男は微笑んだ。

 読者諸氏お気づきの通り、男は詐欺師である。

【続く】