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シルバーカラスという男のこと

人殺しを生業としている男。愛用の武器があり、それを使わせたらとても強い男。煙草の銘柄にこだわりがある男。過去を後悔しているのにいたずらに現在を消耗し、未来へ目を向けない男。長くない己の命を知り、そこでようやく後悔を清算しようとする男。

そういう男がお好きであれば、シルバーカラスという男をきっと気に入ってくれるはずだ。わたしが今からしようとするのは、そういう男が主人公のエピソードだからだ。

「スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ」。このタイトルに冠された「色褪せた烏」こそが、シルバーカラスである。

シルバーカラスは殺し屋だ。企業が開発した新作武器のテスターとして無辜の市民へ辻斬り行為をはたらく、作中ではサイバーツジギリと呼ばれている職業だ。サイバーツジギリで持たされる試作品は大抵ポンコツなので、シルバーカラスが頼るのは己の修めた剣の技と、小振りな刀、ウバステである。彼にウバステを使わせたら、たとえニンジャ二人を敵に回しても生還できる強さを誇るのだ。

ニンジャの中には殺戮を愛するサイコ野郎もいるが、シルバーカラスはサイバーツジギリを好きでやっている様子が無い。しかも、そこから抜け出せるカネも地力もあるのに、抜け出す素振りを見せない。なぜだろうか。それは、おそらく彼の過去、そして現在に至る道筋に思いを馳せると輪郭がぼんやり見えてくる。

彼はかつてイアイをおさめるべく剣術のドージョーで修練につとめる青年であった。ニンジャとなって、彼は敬愛する師匠を簡単に負かせるようになった。彼は驕り、ドージョーを棄てた。作中、彼の過去について分かるのは、それだけだ。

現在のシルバーカラスは仲介役の示した武器で標的を殺害し、殺した犠牲者に手を合わせ、貰った報酬は医療費と気に入りの女を買って過ごすことに使うような日々を送っている。欲望に忠実な暮らしを送るニンジャが多いなか、シルバーカラスの暮らしは、ドージョーを出奔した果ての道程が望んだものとかけ離れていたことを暗に示唆している。おまけに病を得て長く無い。何もかもに投げやりで、泥濘の日々に甘んじている。

そんな時、シルバーカラスはひとりの少女を助けた。ほんの気まぐれだ。少女の名はヤモト・コキ。ソウカイ・シンジケートに盾突き幹部の一人を殺害したとされ、シンジケートから追われているニンジャだ。戦う術を持たないヤモトに、シルバーカラスは、カギ・タナカと名乗りイアイを教えていく。己が辿れなかった道を歩めるよう、己のような者にならぬよう。

それは後悔の清算でもあり、師匠から受け継いだものを新たに譲りわたす行為だ。彼が授けるイアイのインストラクションは、この後もヤモトを支え、導いてゆくものとなる。

シルバーカラスの魅力は、3層構造になっている。何もかも投げ捨てたような厭世的で皮肉っぽい物言いのサイバーツジギリ。お気に入りの商売女を相手に弱音をこぼしながら、ギリギリの距離感で情を交わすひとりの男。年端もいかない少女にイアイを教える、師匠であり保護者である不器用な男。

作中、彼が一度だけ声を荒げる場面がある。鬱積していたやり場のなかったものが思わず溢れてしまったシーンだ。初めて本気で心配されたことで、彼もようやく、自分が押し込めていたものを吐き出すことができた。ただ飄々とした強くてニヒルな男ではない。その下から覗くものが見える時、シルバーカラスの魅力は更に深みを増すのだ。

シルバーカラスが名乗ったカギ・タナカは偽名だ。彼の本名は分からずじまいであったが、スワンソングは、そんな本名不詳のシルバーカラスと、ニンジャネームを持たぬヤモト・コキという少女が出会うことで始まる物語だったのだ。シルバーカラスは過去の象徴たる本名を隠し、ヤモトは新たな己の象徴たるニンジャネームを得ていない。

己が何者であるのか。それを棄てた男と、それを探す少女。ふたりの運命が刹那交差し、男は去り、少女は歩み続ける。

ちなみに、このエピソードは本来の主役たるニンジャスレイヤーが一切関わらない。それにより、シルバーカラスとヤモトの物語はひとつの独立した短編としても読むことができる。

それはどういうことだろうか? つまりこうだ。貴様に逃げ道はない。今すぐスワンソングし、紫煙が目にしみると涙するのだ。

【追記】
シルバーカラスのBGMと言われると、山崎まさよしの「名前のない鳥」という歌を思い出す。荒野を行くような寂寥感と乾いた雰囲気が彼にとても似合うのだ。

#DHTPOST #ニンジャソン