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夢n夜

「どんな時に幸せを感じるか。」
という問いに対する答えは人によって様々あるだろうが、私の答えの1つとして、こんなものがある。

"朝起きて、夢の内容を鮮明に覚えられている時"だ。

夢が好きだ。
起きている時では絶対に考え至らない境地へ易々と連れて行ってくれる。
思考から論理性の一切を捨て去って紡がれる物語は、いつも私の心を踊らせてくれる。


そう、だから私は夢の話がしたいのだ。
誰にも伝わらないだろう夢の話を。
あの素晴らしい夢の話を!

そうだ、夢の話をする時のマナーがある。
書き出しはこうでなくちゃいけない。

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「こんな夢を見た。」

私はシェアハウスの居間に寝転んでぼうっと天井を眺めている。
自分は高校生だった。
今、同じ空間にはかなり仲の良いグループの友人が3人と、同じクラスの女子達が4人。

私たちは至って普通に過ごしているが、"明日に人類の文明が崩壊する"という共通認識が全員にある。
ここにいる全員でなく、おそらく世界の全員。

何が原因だとか、何で全員それを認識しているのかとか、そんな事を気にさせないほど、その事実は強烈な正しさを持っていた。
明日になると文明は消える。酸素を吸わないと死ぬ、くらいにそれは当たり前の事だった。

だからといって最後の日を惜しんだりはしなかった。
ノストラダムスの大予言の日みたいなものだ。
明日世界が滅亡するかも と思いながらも普通に仕事して、普通に生活をする。

私達はいつも通り、ぼそぼそと世間話をしながら、研究を進めている。
いつものルーチンワークで手際よく研究を進め、17時になると男女別々の部屋に戻って研究終了。自由時間となる。

「あっ」と私が言う。
特に何も言わないまま、どうかしたのか、という表情で友人が振り返る。

いつものルーチンワークであれば、最後に次世代シーケンサーを終夜運転させてから部屋に戻るのだ。
だが、今回はそれを忘れていた。
これでは明日の朝に結果が出ることはない。
だけれど。

「シーケンサーのセットを忘れてた…んだけど、いいか。どうせ明日には結果なんてどうでも良くなるんだから。」

そう言うと、また友人は何を言うでもなく前に向き直って、手元の携帯へと首を折った。

しばらく自由時間を過ごすうちに、私はもう1つ忘れ物に気づく。
私の鞄を上の部屋に置いたままだった。

上の部屋は現在女子達が使用していたので、私は部屋の前で
「おーい、ごめん、頼みがある。僕の鞄を取ってくれ。」
と声を少し張り上げる。

ほどなくして、1人の女子が僕の鞄を持って出てきてくれた。
「これであってる?」

「あってる。ありがとう。」

「こんな日くらい、部屋に入るくらい気にしなくてもよかったのに。
…あとこれ、あげる。
甘いもの食べると  不安  和らぐから。」
と、2種類のお菓子を3つずつ貰った。

私はお菓子と鞄を手に、自分たちが居た部屋へと戻る。

部屋に戻ると、友人達はそれぞれ寛いでいた場所でそのまま眠る態勢に入っていた。

私は先程貰った菓子を机にばらまいて、
「菓子を貰った。不安が和らぐらしいぞ、食いたかったら食ってくれ。」
とだけ声をかけた。

「んぅ…」
といった曖昧な返事だけ四方から聞こえた。

私もおずおずとソファに寝そべり、スマホを弄った。
眠気に襲われながら、こんなことを思う。

明日起きたら、こいつらはきっとこの部屋にいない。
文明が滅びるだけで、人間は滅びない。一緒に手を取り合って生きていったっていい。
だけれど。
私も、こいつらも、きっと1人で出ていく。
そんな確信がある。

私は完全に寝に落ちる前に菓子を1つ食べようと立ち上がる。
菓子はまだ6つ残っていた。
チョコレートを1つ取って、ソファに戻る。

ずいぶんと甘いチョコレートを、ゆっくり噛み締めて食べた。
朝起きて、残りの5個が空になっていれば気持ちよく旅立てる。
そう思った。

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