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語らう宿「雪月花廊」は、北海道の旅人が集う故郷

2022年、夏の宵なつのよい。薄暗がりの小麦畑に挟まれた小道で、僕は車を停めた。北海道一周旅も後半に差し掛かり、今まで沿岸部だけをぐるりと周っていたので、そろそろ内陸部も攻めたいと思いを巡らしていた。

おもむろに取り出したiPhone。Google Mapsで周辺を検索すると、鼓動が高まってくる宿を見つけた。

雪月花廊せつげつかろう……。

「僕が探し求めていた場所はここかもしれない」。うっすらとした今にも消えそうだった情熱がゆらゆらと色めきたってきた。旅をしているとたまに「ここしかない!」と運命を感じる宿や飲食店が見つかる。雪月花廊は、ネット情報を読むだけで、そう思わせる宿だった。

そこは小学校の廃校を利用して作られたゲストハウス兼ライダーハウスだという。世界中を周っていると、いわゆる“普通の宿”に飽きる。そんな僕のアンテナを反応させた。

「いいじゃないか」。ちょうど札幌に帰る予定。通り道にある、その宿はドンピシャの理想そのもの。迷うことなくその場で電話した。

電話口に出た女性は、ゆったりとした落ち着いた声で話した。
「明日はあいにく予約がいっぱいで個室が空いてなく、体育館だけになります。寝袋は持っていますか? 畳を引いて、その上に寝袋を引いて寝る形になります」

「おぉ……普通に飽き飽きしていた僕になんてふさわしいんだ」と感動さえ覚え、瞬時に「あ、それで大丈夫ですっ!」と大きめの声で答えた。ちなみに個室の他、校庭にテントを張ったり、車中泊もできる。校舎から電源を借りて、キャンピングカーでPCを叩いている人もいた。懐の深い宿だ……。

ただ予約しただけなのに、1日がかりの仕事を、なんとかやり遂げたかのような充実感が心を満たした。それだけ期待していたのだろう。旅において、だいたいこういった期待は外れるのだけど、「今回こそは」という気持ちが、普段より一段と強くなってきた。

宿泊日は少し曇り空。北海道の大地の上に浮かぶ雲がいつも以上に広く、たびたび顔をのぞかせる太陽が「きっと未知なる体験ができるよ」と僕の強い期待を確定してくれているよう。

いつもなら見慣れて素通りする牧場で車を停め、ウキウキした心を落ち着かせようと、牛とたわむれながら、チェックインまで時間を過ごす。

大人しいので触れる距離まで近づける

メロン畑など野菜農園をいくつか超えた先に、それ、はあった。赤い屋根に、いかにも手作業で改築したであろう姿。ごちゃごちゃとしてても主張に一貫性のある姿。「ここだ」。

手作り感たっぷりの校舎

高まりつつある興奮を抑えつつ歩を進めた。玄関に入ると、天井に国旗がたなびき、両サイドに靴箱と大量に積まれた薪。その光景は「北海道の学校の原風景とは」を想像させた。

玄関の薪が北海道らしく感じさせる

少し待つと、宿の主人である、かかさんが来てくれ、チェックインへ。諸々の『宿の取扱説明』を聞き、シャワーのことなど、2つ、3つ質問したあと体育館までの行き方を教えてくれた。

「キックボードを使うといいですよ」
目測で100mほどはありそうな体育館へつながる廊下は、キックボードを使えるとのこと。いざ、乗ってみると「へぇ〜これは便利だ」。歩くより3倍ほど早く進める。

廊下の移動は、みんなキックボードを走らせていた

体育館前で靴を脱ぎ、中に入ってみると、どーんと真ん中にどデカいトランポリン。その周りを宿泊者の寝袋が囲っていた。

校舎の割に広い体育館

しばらく、つっ立ていると、宿泊者の先輩が「寝袋、持ってきてます? そこに山積みになってる畳を一枚敷いて、その上で寝袋で寝ればいいだけですよ」と教えてくれた。

嫌でも目に入る山積みの畳。おそらく柔道の授業で使われていたのかな、と想像。でも、小学校で柔道やるのかな、などと考えてもムダなことを思案してみた。ここでは普段はしない貴重な『ムダなことができる時間』がたくさんある。

1分もかからず、寝床が完成した

いざ、泊まってみると想像した以上にやることがたくさんあった。初めに校舎内を埋め尽くす『古きよき時代の財産』を見ることができる。それは、小学校時代の写真であったり、児童が描いた絵であったり、はたまた裸体の男女が描かれたモノクロ写真などなど。正直、宿の全体像は、このちっぽけなnote記事では紹介しきれないので、現地に赴いて、あなたの目で見てほしい。

少しばかりだけど、雰囲気を味わってほしいので数枚、載せておく。

夕食は食堂で、ひとつのテーブルを4人で囲んで食べた。そこでは、みな一瞬で旅仲間になる。

「どこから来たの?」「なにに乗ってきたの?」「今日、何泊目?」。矢継ぎ早に質問され、答える、質問して、答えてもらう。話のネタは絶えることはない。美味しいご飯とともに『旅仲間と話せる環境』がそこにはあった。

宿泊したときの夕食、三食丼と春巻き

驚いたことに子供も多かった。ファミリー連れの子なのか、地元の子なのか分からなかったけど学校中、活気にあふれていた。

子供はいたる所で見かける

夕暮れ時、校庭を散歩していたら、ひとりの男の子から「こっちにおいで」と声をかけられ、誘われるがままついていった。

男の子が照らしてくれたライトに誘われ……

トタンの坂道を登ると校舎の屋根に辿りついた。そこにあったのは牧歌的な風景と心地よい風。男の子は自慢げにこっちを見て、僕は「ありがとうね」と返した。

この景色はここに来ないと味わえない

夜になると、いたる所で飲み会が開催される。どこに行ってもウェルカムな雰囲気。僕は2軒はしご酒をした。

一軒目は、丸太で作られた屋根裏風の小屋。

誰かに誘われることなく、灯に導かれて入った

中に入ると、火を囲み、語り合ったり、ギターを弾いたりしながら、好きな酒をたらふく飲む。しばらくするとギターを渡され、「なんでもいいから弾いてよ」。

昔、かじったコードを繋げてみたけど、時は残酷で、不協和音を奏でるだけ。けど、みんな深酒ぎみなので、ギターだけではなく、火の音、風の音、虫の音すべてを心地良さそうな面持ちで聴いていた。

火と酒とギター。それだけで宴は盛り上がる

何人かは、ちゃんちゃんこ(地域によっては半纏はんてん、どてらとも言う)を着ていて、それを見てたら、すごく懐かしい気持ちになっていく。でんでん太鼓が描かれた、亡き祖父とお揃いで着た赤いちゃんちゃんこを、ふと思いだした。

「あのちゃんちゃんこ、いつ無くしたんだろう……」。いつの間にか着なくなり、気づかぬ内に消えたちゃんちゃんこ。大切に、大切に着た祖父からの贈り物。そんな昔のことを考えるだけの“ひととき”が、侘しさと安らぎを与えてくれた。

二軒目は、体育館で20代の旅人たちと共に。

体育館は年齢層が若めだった

ここでは旅話に花を咲かせ、夜遅くまで飲んだ。途中、ハーレー乗りのダンディーな60代くらいのおじ様が、顔を真っ赤に千鳥足で入ってきて、自分の寝床まで来ると、バタン!と倒れてしまった。

「え……」と心配そうにしていた僕たちを見て、おじ様の友人が、「大丈夫、コイツいつもこうやから(笑)」と言ってくれ、安心した。(翌朝ピンピンと元気だった)

中には何日も滞在している子もいた。ある20代前半の青年は、ニートで北海道に来て、雪月花廊に寄った際、あまりにも居心地がよすぎて、2ヶ月ほど滞在しているとのこと。

「お金はどうしているの?」と訊くと、近くのメロン畑でバイトしていると。「僕はこんな感じで毎夜、旅人たちと話すのが好き」と笑顔で話してくれた、あの男の子、今もどこかで元気にやっているのかな。

千鳥足で校舎を歩く体験は滅多にできない

酔いにまかせるまま、いつの間にか寝て、朝起きると、前日に購入していたトウモロコシを猫が食べている。「やっぱり普通じゃないな(笑)」などと少しおかしくなったり。普段、求めても手が届かない非日常を感じたり。一瞬、一瞬が“イマ”しか実現できない事件のような気がしながら猫を撫でていた。

この子はどこから入ってきたのか……

朝食を食べ、チェックアウトを済まし、「あぁ〜これで北海道一周も終わるんだ」と思うと寂しくなったけど、「また、ここに来ればいいんだ」と思うと気分が晴れた。

日本一周をしていることを話したら、主人のかかさんがくれた

雪月花廊は、ゆっくりと流れる時間の中で、いろんな旅人と語り合ったり、いろんな想い出に馳せる時間を与えてくれる宿だった。

もし、あなたが雪月花廊を訪れることがあれば、日本各地から集った旅人たちと過ごす時間を大切にしてほしい。年齢も違う。性別も違う。職業も違う。でも、ここでは“旅人”という共通点だけで仲間になれるから。

※この記事を読んで、「感じたこと」や「思ったこと」があれば、僕のXアカウント宛(@WelcomeToSekai)にお気軽にリプかDMいただければ嬉しく思います。

■詳細情報
・名称:雪月花廊 ゲストハウス&カフェ
・住所: 北海道虻田郡喜茂別町中里392
・電話:0136-33-6067
・アクセス:千歳空港から車で約1時間半/札幌駅から車で約2時間
・定休日:ライダーハウス、ゲストハウス、キャンプ場、RVパーク毎に異なる。詳しくは問い合わせるか公式ブログをご覧ください
・駐車場:あり(車、バイク共に無料)
・公式サイト:https://kimobetsu28.sakura.ne.jp/

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