見出し画像

「地域のコミュニケーション・ハブへ」福岡のカフェで人々をつなぐ夫婦が語る博多っ子気質とは

福岡県は人と人をつなぐ飲食店が多い。今回は福岡・桜坂のカフェにて、「福岡出身のバリスタ」と「大阪出身の焙煎士」の夫婦に「福岡に住む人の魅力」を聞いてみた――。

福岡での出会い

「ピー、カシャ......カシャ」

大手家電メーカーの福岡支社。違う部署で働いていた裕介さんと由季さんの出会いは、部署間にあったコピー機の前だった。真っ白の紙にインクを印字するひととき、闇雲に過ぎ去る沈黙が嫌いな二人は自然と会話をはじめた。

大阪から福岡支社に配属された裕介さんの「こっち来て車、買ったんです」の一言で会話に花が咲き、「いつかドライブに行きましょう」と約束した二人。数日後、共通の趣味が温泉巡りということもあり、裕介さんの愛車で福岡県内の温泉地を巡ることに。

大阪出身の裕介さんがその当時をこう回想する。
「実は大阪には温泉地が少なく、福岡に来てみると素敵な温泉が多くて、休日のたびに彼女とよくドライブがてら、たくさんの温泉地を訪ねました」

すると、福岡出身の由季さんも「九州は温泉が豊富に湧き出ています。みなさん、温泉といえば大分県を連想しますが、福岡県にも魅力的な温泉地はたくさんあるんです」。

福岡には特色の強い温泉スポットも多い。鵜飼で有名な原鶴温泉や、化粧水代わりになると言われているトロトロとした湯の筑後川温泉など、それぞれが県内の温泉ファンの間で人気を博している。

川沿いに並ぶ筑後川温泉の温泉宿

ひとりはバリスタへ、ひとりは焙煎士へ

出会いから3年後、二人は社内結婚し、二人一緒に大阪に住むことになった。

コーヒー文化の濃い福岡で育った由季さんは無類のカフェ好き。そのため関西中のカフェを巡ったという。ただし、裕介さんはそこまでコーヒーが好きではなく、いつもレモネードなどコーヒー以外をオーダーしていた。

そんなカフェ巡りの日々を送る中、彼の人生を変える大きな出来事が起こった。

「京都にある『大山崎COFFEE ROASTERS』というコーヒー豆販売店で開催していた焙煎体験会に参加したんです。そのときに焙煎の焼き方しだいでコーヒーの味が大きく変化することに驚きました。それからは、“焙煎のやり方”に夢中になり、独学で学びました」(裕介さん)
※現在、大山崎COFFEE ROASTERSでは焙煎体験会を実施していません

いわゆる「コーヒーを飲む」「店の雰囲気を楽しむ」といった王道的な楽しみ方ではなく、「焙煎」という奥の深い世界にのめり込んだ裕介さん。

一方、王道的な楽しみ方を好んだ由季さんは「将来、自分のカフェをオープンさせたい!」と密かに夢を芽生えさせた。そして彼女は会社を辞め、大阪のカフェで修行を始めることに。

「もちろん大阪と福岡は文化が違うので、初めはカルチャーショックもありました。けど、関西人特有の大らかさ、おもしろさが途中から肌に馴染んできて、大阪の友人からは『え、関西人じゃなかったの?』と言われるほどになりました(笑)」(由季さん)

その後、裕介さんも退職したのち、やはり「好きな焙煎を仕事にするのはおもしろそうだな」と思い、夫婦で店を起業することになった。

このように「カフェ好きな由季さん」と「焙煎好きな裕介さん」は、夫婦だからと互いに迎合することもなく、自然と「カフェをオープンさせること」が共通の目標となった。

福岡のカフェから見た博多っ子の気質

その後、福岡にカフェつながりの縁があり、二人で再度、福岡市に住むことに。福岡で手頃な物件を見つけ、テナント契約しようとした矢先。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、契約は白紙になった。

コロナ禍が落ち着くまで、裕介さんは福岡の自宅で焙煎の腕を磨き、由季さんは福岡市内のカフェで修行を続けることに。

そして騒動が落ち着きを取り戻した2021年12月、念願の自分たちのカフェ「coffee roaster So&So」を福岡市・桜坂の地にオープンさせた。桜坂は、福岡の中でも閑静な高級住宅街として知られており、名門校やおしゃれな飲食店が多い街という。

裕介さんがランニング中に「テナント募集」の張り紙を見つけ出店が決まった

なぜ福岡なのかを尋ねたところ「福岡の人たちはコーヒーに誠実な人が多いんで」と二人は答えた。

「私自身、福岡市出身なので博多っ子の気質はわかります。新しいもの好きで、お祭り好きで、賑やかなものが好きだけど、実は真面目なところは真面目なんです」(由季さん)

「お客様の中には『心を込めて焙煎して淹れてくれるコーヒーに、砂糖とミルクを入れるのは失礼』という理由でブラックで飲む方もいらっしゃるくらいですから。私たちからすると、いろんなコーヒー文化があるので自由に飲んで頂いてもいいのですが」(裕介さん)

お客様の好きな方法で楽しんでいただくのが一番と語ってくれた

「あとすぐに奢りたがったり、お土産を渡したがったり、面倒を見るのが好きだったりと情に厚い方も大勢いらっしゃいます。そういったところも真面目な気質からきているかもですね」(由季さん)

「ですので福岡県民は『仕事に熱中しやすい性格』なんです。たとえば、福岡はバリスタや焙煎士の世界・日本チャンピオンがゴロゴロいますし。こういった都市はなかなかありません」(裕介さん)

福岡のカフェ文化は非常に豊かだという。アジア人初のバリスタ世界チャンピオンを輩出した「ハニー珈琲」、バリスタ2年連続日本チャンピオンが代表を務める「REC COFFEE」など、名店を数えたら切りがないとのこと。

So&Soにはシルバーとゴールドの2台の焙煎機が並んでいる

「そういった誠実な人柄の方たちとつながれることが素敵だと思ったので、福岡で店を構えることにしました」(裕介さん)

裕介さんは大学時代の4年間、キャンプ好きではないのにキャンプ場でボランティア活動を続けるなど、自分なりに活動する意味を見いだし、それを自分のものにできるまでやり遂げる性格。由季さんの博多っ子気質も合わさり、福岡の地が一番自分たちの性格に合っていると思ったという。

イートインのブレンドコーヒー、シングルコーヒーは650円〜
夏の定番アイスコーヒーも人気

衝突と融和

実際に自分たちの店をスタートさせると、由季さんの福岡人らしい気質があらわになった。

「経理出身の僕よりも彼女の方が仕事が繊細だったのは意外でした。これもしなければいけない、あれもしなければいけないと、とにかく常になにかに追われている感じで」(裕介さん)

普段は笑顔いっぱいで明るく話す由季さんだが、オープン当初、裕介さんは彼女の博多っ子らしい新たな一面を見たという。

「ですのでオープン当初、意見の食い違いはありました。彼は豆を焼いて出す役目で、私はコーヒーを美味しくカップに注ぐ役目です。私の立場からすると『彼の焙煎した豆を家で飲むコーヒーより、おいしく淹れたい』といつも考えています。けど、彼は『俺の焼く豆はどんな淹れ方をしてもうまい』と言ったので意見がぶつかったんですよ(笑)」(由季さん)

「同業者に聞いたら、バリスタと焙煎士がセットの店あるあるみたいですけどね(笑)」(裕介さん)

オープン当初を思い出し、懐かしんだ

意見がぶつかったときの解決方法を尋ねると「結局はお互いリスペクトすることです」と即答した。

「店内では、先に率先してやってくれたら『ありがとう』や、ミスしたときは『ごめんね』と言うだけで働きやすい環境になるし、お店の雰囲気もよくなります」(由季さん)

礼や謝罪の作法に福岡も大阪も関係ない。人として相手を重んじる心は全国共通だと話した。


お客様・夫婦を問わず気遣いを大切にしている

地域のコミュニケーション・ハブとして

最後にお店が地域社会において目指すべき役目について尋ねてみた。そうすると間を挟まず、二人は「地域のコミュニケーション・ハブになりたい」という想いを伝えてくれた。

「私たちは『おいしいコーヒーを提供する』という役目と同時に、『地域コミュニティーの場を提供する』という役目も担っていると考えています。当店がある桜坂は、コーヒーの味に真面目な大人の方から、無邪気でかわいい子供も多いんです。この環境が本当に素晴らしく、私たちもこの地域の一員になり、『みなさまをつなげたい』という強い想いがあります」(由季さん)

「一杯のコーヒーだけで地元の人たちが語り合えるのが一番理想で。おそらく会社員時代から感じていた『もんもんとしていたもの』は、きっと誠実な方たちとずっと関わりたかった、という願望なんでしょうね」(裕介さん)

人と人が語らうスペースを提供したいという想いで創られた店内

そういえば入口にあった看板に「こども110番のいえ」シールが貼られていた。実は「So&So」の前の道は通学路。通学中、子供たちが窓から覗いたりすることも。たまに店が空いたときは子供たちが店内で休憩したりと、まさにコミュニケーション・ハブの役割を担っていた。

友人に書いてもらった看板

ふと見上げると2枚の大きな窓から朝の日差しが差し込み、淹れ立てのコーヒーの香りが優しく店内を包んだ。穏やかな空間で紡がれる人と人とのつながり。外ではすれ違うだけなのに。ここでは人々が集い、語り合う。「これこそ福岡の本来の姿なんだ」と思えた昼下がりだった。

編集後記

福岡には「coffee roaster So&So」のように人と人を繋ぐ飲食店が多い。その代表格は屋台文化だろう。以前、ふと立ち寄った屋台の店主から「他の都市で屋台を出すのは警察が許可しない」と聞いたことがある。実際、福岡市を含め指で数えられるほどの都市でしか屋台は出店できない。

昔から人と人の交流が盛んな福岡だからこそ、この屋台文化が成り立っていると感じる。今回の取材で、そのイズム(魂)は屋台だけではなく、様々な飲食店で脈々と受け継がれていることを知った。

みなさまも福岡旅行の際は、スタッフでもお客さんでもいいので、ぜひ博多っ子に話しかけてみてほしい。はじめはシャイかもしれないが、話が深くなると標準語にところどころ混じった博多弁で返してくれるようになる。その瞬間、本当の意味で「あぁ〜福岡に来たな」と実感できるだろう。

■登場した店舗の情報
・名称:coffee roaster So&So(コーヒー・ロースター・ソーアンドソー)
・住所: 福岡県福岡市中央区桜坂1丁目3-23
・電話:080-5967-9063
・E-mail:info@soandso.jp
・営業時間:11:00〜18:00
・定休日:月曜日,第4火曜日(祝日の場合は翌平日に振替)
・アクセス:地下鉄七隈線 桜坂駅より徒歩2分
・駐車場:なし(近隣にコインパーキングあり)
・公式サイト:http://www.soandso.jp/
・Instagram:https://www.instagram.com/coffeeroaster_soandso/
・オンラインショップ:https://soandso.base.shop/
・その他:店舗ではコーヒー豆の購入が可能

取材・文・撮影: Evan Lee

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?