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【ジャンププラス原作大賞 読切部門】『道しるべ』
○楠田家・外観(朝)
木造の古いアパート。
『楠田』と表札の入ったポスト。
チラシが溢れている。
○楠田家・中(朝)
ワンルームの部屋。
廊下や部屋にはゴミ袋が落ちている。
壁にかかったカレンダーには『2055年5月』と書かれている。
「ピピピ」というアラームの音。
楠田優樹(30)がジャージで布団に横たわり、目を閉じたまま、眉に皺を寄せている。楠田、飛び起きる。
楠田「うるさい!アラーム停止!」
隣の部屋から「ドン」と壁を叩く音がする。アラームが止まる。
楠田「ほら、お前のせいで怒られたじゃねーかよ」
布団の横に落ちているスマホ端末の画面が光る。女性の声で、
ウミ「すみません、よくわかりません」
楠田、スマホを持ち上げ、
楠田「だから!お前のアラームのせい!俺は寝る前にアラームをかけた覚えはないぞ」
スマホ、再び光る。
ウミ「あなたの健康的な起床時間にアラームを設定しました」
楠田「なんだ?その機能。削除して」
ウミ「できません。あなたの健康のために必要です。これから毎朝、7時に起きれるように設定します」
楠田「言うこと聞かないAIだな」
楠田、体を半分起こし、床に落ちているリモコンを拾い、テレビをつける。
画面にアナウンサーと梶原海(50)が映る。
アナウンサー「本日は梶原海博士にお越しいただいています。AIマッチング文化が主流となってから、日本では離職率が圧倒的に下がり、そして結婚率、出産率が上がったそうですね」
梶原「ええ、登録されたすべての国民を約1万にも及ぶ細かな項目で分類しています。私の作った、通称『ウミ』と呼ばれる人工知能は適正職業や学問を診断し、進路を決めることはもちろん、相性の良いパートナーを男女問わず探すこともできます」
アナウンサー「ウミは政府支給スマホ端末に搭載されており、どんなことにもマッチングできる、素晴らしいサービスですよね」
梶原「人間はそもそも莫大な中から何か1つ決める、という行為が苦手な生き物です。ですから、最適解をAIに選んでもらっている、ただそれだけなのです」
楠田、つまらなさそうにチャンネルを変える。テレビ画面に、アニメが映る。
楠田「なあ、ウミ」
スマホの画面が光る。
ウミ「何でしょうか?」
楠田「たとえば、今俺がここで今すぐ女性とマッチングしたいって言ったら探してくれるのか?」
ウミ「ええ、もちろんです」
楠田「俺みたいなニートでもか?」
ウミ「相性に職業などは関係ありません」
楠田、少し間をおいてから、
楠田「探してみてくれ」
ウミ「検索しました。1人の女性と相性100%のようです」
楠田「100?!脅威の数字じゃないか!」
ウミ「ただし、今の楠田様では告白しても振られる確率の方が高いです」
楠田「は?相性はいいんだろう?」
ウミ「相性が良くとも相手の好みと一致しているとは限りません」
楠田、鼻で笑う。
楠田「そうやってAIは上手いこと言って嘘をついてるんだな。お前らの魂胆がよくわかったよ」
ウミ「その女性の好みとなれるように、あなたを変えるお手伝いならできます」
楠田「あーはいはい、めんどくさいな」
楠田、リモコンを押しチャンネルを次々と変える。
ウミ「やってもいないのに、諦めるんですか?」
楠田、チャンネルを変える手を止める。
× × ×
(フラッシュバック)
『残念ながら今回はご期待に添えない結果に…』と書かれた紙
× × ×
楠田「やってみたってうまくいかないこともあるって、お前も見てきただろう?」
ウミ「仕事のことですか?それは」
楠田、大きめの声で、
楠田「はいはい、俺がお前の言うこと聞かなかったからうまくいかなかったんですよ」
楠田、テレビを消す。
楠田「でもさ、いくら最適解を出してくれるAIがあっても、納得できないことだってあるじゃん」
楠田、立ち上がり、
楠田「さ、朝飯何食おっかな」
床に置かれたスマホの画面が光る。
ウミ「もう一度、適性のある職業に挑戦してみませんか?」
楠田、眉間に皺を寄せ、
楠田「は?だからさあ」
ウミ「確かに、出版関係のお仕事への適性は楠田様の場合、3%しかございませんでした。しかし、出版のお仕事は編集だけではありません」
楠田「何が向いてるって言うんだ?」
ウミ「小説家です」
楠田、怪訝そうな顔で首を傾げる。
楠田「小説家?嘘だろ?」
ウミ「いいえ、楠田様は小説家になれる要素をお持ちです。ヒットする作品が生まれる確率は95%です」
楠田、唾を呑む。
楠田「95、だと?なぜ出版社に落ちたときに教えてくれなかったんだ?」
ウミ「聞かれませんでしたので、それにあの時に言ってもどうせ言うことを聞かなかったでしょう」
楠田、ため息をつく。
楠田「わかったわかった、俺の負けだ。それでどうやったら小説家になれる?」
ウミ「私の言う通りにしたらなれます」
楠田、沈黙したのち、「ははは」と笑う。
楠田「面白い!他にやりたいこともないし、お前の言う通りやってやろうじゃん」
スマホの画面が光る。
太陽の光が部屋に入り、スマホの画面を照らす。
○同・中(朝)
部屋を掃除し、ゴミをまとめる楠田。
時折、嫌そうな顔をしながらスマホに話しかけている。
○同・中
片付いた部屋で机に向かいパソコンキーボードを忙しなく叩く楠田。
パソコンの画面には『コンテスト締め切りまであと180日』と付箋が貼られている。
○同・中(夜)
部屋の中でコートを着て、布団にくるまりながらパソコンを見ている楠田。
カレンダーは『2056年1月』。
『あと10日』と書かれた付箋が貼られている。
机の上に置かれたスマホがチカチカと光っている。
○同・中
パソコンを眺めている楠田。
カレンダーには丸印が付けられ、『締切』と書かれている。
楠田「最後、いい言葉が全く思いつかない」
楠田、頭を抱える。
楠田「ウミ…どうしたらいい?」
ウミ「…楠田様は今日までとても頑張ってきました。思うままに終わらせたらいいと思います」
楠田、画面をじっと見つめる。
思いついたようにパソコンを叩き始める。
○記者会見会場・外
ホールの入り口に『楠田優樹、新人賞受賞記者会見』と看板が出ている。
壁に貼られたポスターには『紐を解く』というタイトルの本。
○記者会見会場・中
たくさんの記者がいる。
壇上に楠田が座っている。薬指に指輪。
楠田「えー、このような名誉な賞をいただき嬉しく思っております」
記者「喜びをどなたにお伝えしたいですか?」
楠田、照れ臭そうに、
楠田「妻、ですね。受賞作の原稿を書き終わって、出しに行ったときに偶然出会った人なんです。しかも、ウミによると、たった一人の相性100%の女性だそうです」
記者「まるで運命ですね!」
楠田「ええ、本当、ウミのおかげで運命的な人生を送れていると感じますよ。最初の頃なんて、健康的な時間に起きろとか、部屋の掃除しろとかうるさいだけだったのに。でも今となってはちゃんと生きれるように面倒見てくれてたんだなって思います」
記者「なるほど、今回の小説もテーマは運命についてでしたね!最後の言葉がとても胸に響きました」
楠田「その言葉は締切当日に浮かんだんですよ」
ニコニコと笑う楠田。
○首相官邸室・中
テレビのついた部屋。
ソファに腰掛け、本を捲る首相。ほんのタイトルは『紐を解く』。
テレビの画面には記者会見が映っている。
ノックの音。白衣を着た梶原が入ってくる。
首相「おお、梶原博士、どうされました?」
首相、本を閉じる。
梶原「やあ、総理。最近どうかと思ってね」
ソファに腰掛ける梶原。
首相「とても良い。博士の作った人工知能のおかげで日本は非常に豊かになりました」
本を手渡す首相。つまらなさそうに本をペラペラと捲る梶原。
梶原「適当に喋らせてるだけのほぼ嘘っぱちなのにねえ。みんな簡単に信じちゃって」
首相「みんな、何か道しるべのようなものがないと不安なんですよ。背中を押してもらいたいんです」
梶原「昔は信頼できる人とか、親とか先生とかがそういう役目だったのにねえ。今や機械ですか。悲しいものですよ」
首相「そうですか?僕はこれが新しい資本主義の形だと思って嬉しいですけどね」
ニコニコと笑いながらテレビを見る首相。
梶原の開いたページには『僕は彼女と歩く。糸の導くその先へ』と書かれている。
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