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【マガジン原作大賞 連載部門】『遥かなプレリュード』2話

■小瀬家・キッチン・中(夜)(回想)
キッチンの中を覗く小瀬。
中では小瀬恵子(45)が野菜を切っている。
小瀬「母さん、俺明日から合宿だからしばらくご飯いらない」
恵子、手を止め、
恵子「あら、そうなの?じゃあ手土産必要ね」
包丁を置き、棚を開ける恵子

■結城家・ダイニング・中(夜)
ダイニングテーブルに箱を置く小瀬。パッケージには『切腹最中』の文字。
小瀬「というわけでこちら『切腹最中』です」
結城「…忠臣蔵?」

■空(夜)
月が出ている。

■結城家・ダイニング・中(夜)
最中を頬張る結城。
結城「あ、これうまい、小瀬の家って面白いな。親何してるの?」
小瀬「2人ともただのサラリーマン。共働きで、この最中は母親がお客さんに謝りにいくときによく持っていくからストックしてあるんだと」
結城「おお…逆に怒られそうだけどな…兄弟は?」
小瀬「妹が1人。来年高校受験」
小瀬、最中を手に取る。
小瀬「てか、結城は?これ本当は『ご両親に』って母親に言われたんだけど」
結城「2人とも遠征中。母さんは明後日には帰ってくると思うからそのときに軽く話せると思う」
小瀬、複雑そうな顔で、
小瀬「…すごいな…俺緊張しちゃうかも、サインでももらっとくか…」
結城「そんなことより、オーディションのおさらいするぞ」
小瀬「あ、ハイ」
結城、楽譜を机の上に置く。
楽譜には『タルティーニ ソナタ』と書かれている。
結城「俺たちの弾く曲はタルティーニのソナタ『悪魔のトリル』」
頷く小瀬。
モノローグ<ジュゼッペ・タルティーニ。18世紀イタリアにおけるバロック音楽の作曲家だ>
モノローグ<曲中、難易度の高い「トリル」が何度も登場。まさに曲名通り「悪魔のトリル」>
モノローグ<逸話によると、タルティーニの夢の中に悪魔が出てきてバイオリンを弾き、彼はその美しい音色を書き取ったとかナントカ>
小瀬(やっぱり天才はよくわからん)
小瀬、頬杖をついて苦笑いしながら楽譜を捲る。
結城「オーディションまであと2週間。これからはレッスンで見てもらいつつ合わせの練習を増やしたい」
小瀬「わかった」
結城「3枠しかないんだ。それにうちのクラスはかなり粒揃いだ。気合い入れていくぞ」
小瀬(俺が足を引っ張るわけにはいかない)
神妙な顔で頷く小瀬。

■同・練習室・中
バイオリンを弾く結城とピアノを弾く小瀬。
楽譜を見て、指を指して確認し合っている。

■同・ダイニング・中(夜)
カップラーメンを啜る結城と小瀬。
机の上にはCDが散らばっている。

■同・練習室・中(夜)
バイオリンを弾く結城をピアノに頬杖をついて見ている小瀬。
小瀬(やっぱうまいんだよな…1人で出れば受かるだろうに…)

■同・洗面所・中(朝)
ジャージ姿でタオルを持って顔を洗っている小瀬。
小瀬(3日目にもなると慣れてくるな)
顔を上げ、鏡を見る小瀬。
背後に鬼のような顔をした結城るみ(40)が立っている。
小瀬「え!?!!?ぎゃあああああ!」
慌てふためく小瀬とるみ。
結城、中に入ってくる。
結城「どうした?って母さん!?」
小瀬「え、結城の母さん!?」
るみ「あ、ははは…」
困ったように笑うるみ。

■同・ダイニング・中(朝)
ダイニングテーブルの上には空のカップ麺の容器。
るみ「なに!?あんたたちカップ麺しか食べてないの?高校生なんだからしっかり食べなさい!早めに帰ってきて正解だったわ!」
容器をかき集め袋に入れる、るみ。
結城「母さん、洗面所で何してたの?」
るみ「帰ってきてシャワー浴びようと思ったら、お友達がいて感動しちゃって」
小瀬「感動?ってかあれ感動してる顔だったのか…」
るみ「遥、友達いないのよ!」
ニコニコと笑うるみ。
圧倒される小瀬、頭を抱える結城。
るみ「お友達連れてくるなんて何年ぶりかしら!えーっと、小瀬くん、よね?」
るんるんとスキップしながら台所に消えていく、るみ。
小瀬「お前の母ちゃんキャラ濃いな…」
結城、ため息をつき、
結城「音高にいる女子たちを思い出せよ…」
小瀬「ああ…確かに…」
モノローグ<豆知識:音高の女子たちは変な人が多い>
るみ、台所から顔を出す。
るみ「遥、牛乳買って来て!」
結城「え、俺?」
るみ「早く!」
結城「えー、練習したいのに…」
るみ「練習よりもあんたたちのご飯が先!」
結城「めんどくせえな…」
渋々ダイニングから出ていく結城。
小瀬(…養子だって言ってたけど、普通の親子なんだな)
ダイニングの扉が閉まる音。
るみ、台所から出てくる。
るみ「全く、可愛くないんだから…」
ため息をつく、るみ。
るみ「小瀬くん」
小瀬、姿勢を直す。
小瀬「は、はい」
るみ「ちょっといいかしら、ここ座って?」
ダイニングテーブルを指差す、るみ。
小瀬とるみ、腰掛ける。
るみ「小瀬くん、ごめんね」
小瀬「え?」
るみ「あの子、人に伴奏頼むような子じゃないのよ」
小瀬「そう、なんですか?」
るみ「昔から協調性のない子でね…わかるでしょう?小学生の頃なんて、授業聞かずに1日中楽譜開いて、しかも移調して写譜してたのよ…先生泣いてたわ…」
るみ、ため息をつく。苦笑いする小瀬。
るみ「何があったのかはわからないけど、あなたに伴奏をお願いしたことはきっとあの子なりに考えがあってだと思うの。申し訳ないんだけど付き合ってあげてね」
小瀬「…わかりました」
小瀬(結城は、暇そうだから俺に伴奏を頼んだって言ってたよな…?)
首を傾げる小瀬。
小瀬「本当は親からお友達に頼むことではないと思うんだけど、あの子の本音は私も聞けた試しがないから」
寂しそうに笑うるみ。
小瀬「…結城は…音楽のことも家のことも好きだと思いますよ。最近関わるようになった俺が言っても信憑性ないかもしれないんですけど…」

× × ×
(フラッシュ)
背もたれに頬杖をつき笑う結城の姿。
結城「義務。俺が『結城遥』でいるための」
× × ×

小瀬「結城は、結城遥でいたいと言ってました。聞いたときはプレッシャーとかやばそうってしょうもないこと思ったんですけど…冷静に考えたら、それって、音楽が、この家が好きだから出てきた言葉なんだろうなって…そう、俺は思います」
キョトンとした顔のるみ。
るみ「…そっか、そうね…そうよね」
るみ、笑顔で、
るみ「いやー、子供ってすごいわね、いつでも学んでばかりよ。さあ、この後も練習よね、ご飯作るからちょっと待っててね」
立ち上がる、るみ。
結城の声「ただいま」
ダイニングに入ってくる結城。
結城「はい、牛乳」
るみ「ありがと、できるまで練習してきたら?」
結城「そうする、小瀬」
小瀬、頷く。
るみ「ありがとね、小瀬くん」
小瀬「はい……?」
結城、首を傾げる。

■同・台所・中(朝)
包丁で野菜を切る、るみ。
結城の声「母さんと何話したの?」
小瀬の声「いや、別に…あ、結城の子供の頃の話とか?」
結城の声「え!?」
るみ、機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。

■都立芸術高等学校・練習室・外(夜)
『練習室』と書かれた札。ピアノの音が漏れている。

■都立芸術高等学校・練習室(夜)
ピアノを弾く、梨々香。
扉をノックする音。
警備員の声「もうすぐ最終下校時刻なので出る準備してくださいね」
梨々香、ピアノを弾く手を止める。

× × ×
(フラッシュ)
弦を持った結城が小瀬の方を指している姿。
練習室でピアノのレッスンを結城から受けている小瀬の姿。
× × ×

梨々香、立ち上がり楽譜を鞄の中にしまう。
梨々香(小瀬真希。今まで気にしたことすらなかったくらい全然パッとしない男だけど…あの結城くんが依頼するくらいだから実はすごいのかと思って練習室覗いたら…ピアノの譜読みのレッスンからやってるとか何あれ…)
鞄のチャックを勢いよく閉める梨々香。表情は見えない。
梨々香「ムカつく」
鞄を背負い外に出ていく梨々香。


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