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【マガジン原作大賞 連載部門】『遥かなプレリュード』3話

■都立芸術高等学校・屋上
パンをかじる羽田と弁当をつつく小瀬。
羽田「合宿お疲れさん」
小瀬「暗譜したんじゃないかってくらい弾いた」
羽田「レベルアップだな!」
小瀬「呑気だな…そういえば康平はオーディション出るのか?」
羽田「一応な、俺は大学は楽理に行きたいからめっちゃ出たいってわけじゃないけど、まあ演奏を評価してもらえるいい機会だからな」
小瀬「そっか…やっぱみんな出るんだな…」
羽田「そりゃそうだろ?この連休だってきっとみんな血眼になって練習してたと思うぞ」
もぐもぐとパンを食べる羽田。
小瀬「…誰が合格するんだろ」
羽田「んー、やっぱ期待値高いのは結城だろうけど、同じくらい期待されてんのは須賀だろうな」
モノローグ<須賀智代。バイオリン科、数多くのコンクールに受賞経験あり。結城と成績も同じくらいだ>
羽田「あとは、宮田や星、それと橋間も気合い入れてたな」
モノローグ<宮田達哉、クラリネット科。星香織、橋間梨々香、ピアノ科。>
羽田「まあ、オーディション当日にミスることもあるし、誰がどうとか関係ないけどな!」
「ガハハ」と笑う羽田。
モノローグ<結局のところ、羽田の言う通りだ。どんなに練習をしても、当日に暗譜が飛んだらそれで、終わり>
小瀬、目を閉じる。

× × ×
(フラッシュ)
『予選落ち』と書かれた紙
× × ×

小瀬「伴奏は楽譜見ていいからな…それが本当に救い…」
小瀬、自信なさげに小さくなり、弁当を突く。
小瀬と羽田の背後、屋上の扉が少しだけ開いている。

■同・屋上・前
小瀬と羽田の会話を聞いている、星香織の姿。
足元のみ見え、腰から上、顔などは見えない。

■同・レッスン室・前(夕)
小瀬と結城、扉の前で待っている。
小瀬、頭を抱え、
小瀬「めっちゃ緊張する…」
結城「なんでお前が緊張すんだよ…」
呆れた顔をする結城。
小瀬「レッスン苦手なんだよな…あの独特の雰囲気と、品定めされてるような感じ…あと普通に怖い」
結城「あー、わかるけど、まあ、大丈夫だ!先生の機嫌でも言われること変わるしな!あと今日のレッスンの田中先生は…」
扉が開く。中から梨々香が出てくる。
結城「前のレッスン橋間だったんだな」
梨々香「…結城くんはこれから?」
梨々香、小瀬の方を睨む。
梨々香「結城くん、自分の練習できてる?小瀬の譜読み手伝ってたでしょ」
小瀬、ぐっと息を呑む。
梨々香、強めの声で、
梨々香「結城くんなら、1人で出た方が絶対に合格する確率も上がるのに!」
小瀬「それは…そう、だけど…」
結城、気まずそうな顔で、
結城「あー、それは理由があって…」
背後から、田中九十九(50)が現れる。
田中「ほらほら、若人たちよ、喧嘩しない」
手をパンパンと打つ田中。
田中、梨々香の方を見て、
田中「橋間さん、あなたのピアノはとても努力をしている音色だ。そうカリカリしなくても結果はついてくるから」
梨々香「…はい、すみません。失礼しました」
田中に頭を下げる梨々香。
頭をあげ、結城を睨む。
梨々香「くだらない演奏だけはしないでよね」
踵を返すように去っていく。
小瀬(こ、こわ〜…)
田中、梨々香の背中を見送ってから、
田中「さ、レッスンを始めるよ。中に入って」
田中のあとに続いて中に入る、結城と小瀬。

■同・レッスン室・中(夕)
楽譜を広げる小瀬。深呼吸をする。
田中、部屋の隅に立ち、腕を組み片手で楽譜を持つ。
田中「はい、弾いてみて」
結城、小瀬の方を向き、息を吸う。1音目が揃う。
田中(ほう…)
モノローグ<タルティーニは一体どんな美しい悪魔を見たのだろう。彼は悪魔と会話したのだろうか>
タルティーニと悪魔が手を取る姿を想像する小瀬。

■空(夕)
「パチパチ」と手を叩く音。

■同・レッスン室・中(夕)
拍手をしている田中。
田中「うん、いいね。いい感じだと思う」
ホッと息を吐く小瀬。
田中「結城くん、君はちゃんと伴奏者を見つけてきたんだね」
目を逸らす結城。首を傾げる小瀬。
田中「あれ?話してないの?」
結城、小さい声で、
結城「…はい」
田中「ははは!君のいいところはそのプライドの高さだけど、もう少し譲歩した方が良さそうだね」
田中、小瀬の方を向く。
田中「僕がね、結城くんにアドバイスしたんだ。伴奏のある曲にしたら?って」
小瀬、目を丸くする。
小瀬「そうだったんですね!?」
田中「結城くんの演奏は素晴らしいよ、誰しも評価するだろう。でも、彼の演奏からは孤独のようなものを感じる。きっと何かが足りない、僕はそう感じていたんだ。だから、僕は言ったんだ『真逆の音がする人と一緒に演奏してみれば?』って」
小瀬「真逆?」
首を傾げる小瀬。
田中「この先の進路はわからないけど、どんな人も1人では生きていけないからね。人は人と関わることでしか学べないからね」
「うんうん」と頷く田中。
小瀬「なあ、結城、真逆って…」
結城、小瀬の言葉を遮るように、
結城「先生!レッスンの続きしましょう!」
田中「おっと、そうだったね、じゃあ続き…」
結城、バイオリンを構える。
小瀬(なんだよ)
小瀬、楽譜を捲る。

■同・レッスン室・外(夕)
『レッスン室』と書かれた札。
田中の声「じゃあ、今日はここまでにしようか」

■同・レッスン室・中(夕)
楽器をしまう結城。
小瀬、頭を下げ、
小瀬「今日はありがとうございました」
田中「次も楽しみにしているよ。あ、そうだ結城くん」
結城「はい」
結城、片付けの手を止めずに返事をする。
田中「望月先生がね、付属から大学の先生になったそうだ」
結城、ピクリと反応し、手を止める。
田中「今度の演奏会にも来るそうだ」
結城「…」
結城、田中の方を見る。
田中、結城の肩を叩く。
田中「気をつけなさいね」
結城「…ありがとうございます」
結城、ケースの蓋を閉め、背負う。
小瀬(望月?誰だろう、まあ…いっか)
小瀬、扉を開ける。

■同・玄関・下駄箱前(夕)
上履きを履き替える小瀬と結城。
結城「あー、疲れた。なんか食いながら帰ろうぜ」
小瀬「お、いいな!あ、てかそういえば…」
小瀬、外靴を置き、足をねじ込む。
小瀬「俺の音が真逆ってなんのこと?」
結城、嫌そうな顔でじっと小瀬のことを見つめる。
結城「お前…覚えていたのか…」
小瀬「なんだよ、言えよ」
結城、ため息をつく。
結城「小3のとき、ジュニアコンクール見に行ったんだよ」

■コンクール会場・中(回想)
ピアノを弾く小学生の小瀬。
笑顔で楽しそうに弾いている。
目をキラキラさせて、小瀬の姿を見ている結城。
結城、パンフレットを見る。『小瀬真希』と書かれている。
結城「あんなに楽しそうに弾くやつがいるんかって感動した」

■都立芸術高等学校・教室・中(回想)
名簿一覧を見ている結城。
『小瀬真希』を見つけて、ハッとした顔をする。
結城「で、高校入ったら見たことある名前があったってわけ」

■同・玄関・下駄箱前(夕)
頭をボリボリとかく結城。
結城「…俺の音は孤独だって言われたから…だから楽しそうに弾いてたお前ならって…」
小瀬、びっくりした顔で、
小瀬「え、じゃあ暇そうだからっていうのは…」
結城「あ、それももちろんあるけど」
小瀬「だよな…」
小瀬、肩を落とす。
結城、小さい声で、
結城「子供の頃はいつか一緒に弾きたいとは思ってたけど…」
小瀬、真面目な顔で、
小瀬「お前、それくらい素直な方が絶対いいと思うぞ」
結城「あーもーうるさい!ほら帰るぞ」
ズンズンと歩き外に出ていく結城。
小瀬(まさか昔の俺の演奏を聴いたことがあったなんて知らなかった)
モノローグ<そう、あの頃は純粋にピアノが楽しかった>
小瀬(また、楽しいと思える日が来るだろうか…そしたら俺は…)
小瀬、胸に手を当て拳を握る。
結城の後に続いて外に出る。

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