第一章1節「あの年の夏」
夢小説『スタウロライト 十字石の追憶』
私達は、奇跡も救済も無い世界に住んでいる…はずだった。そう、あの日までは…。
第一章1節「あの年の夏」
夕焼けでもないのに、空の色が鮮血に染まり、石が降り注ぐ。大地が轟き、海原が怒れる…それは、文字通りの驚天動地であった。あの日、火山・地震・津波が同時に勃発したかのような天変地異によって、旧大陸は分裂し、国家は滅び、大勢の人々が死傷した。被災は長く続き、犠牲者は増え続けた。その混乱の中で家族を失った、一人の孤児が居た。
「…! 今、誰かの声が…どこです? どこにいらっしゃるのですか!?」
瓦礫の小さな隙間から、暗闇の中へと入り込む一筋の光と共に、誰か女性の声が聞こえる。既に全てを失っていた私は、最期の力で必死に叫ぶ。
「…あ、そちらですね! 少しだけ待っていて下さい! 今、助けますから!」
瓦礫の底に閉じ込められている私には、地上で「彼女」が何をしているかは見えない。確かなのは、彼女が「今、助けます」と言った直後、瓦礫が左右上方に吹き飛ばされ、私の体を潰しかけていた物が消え去った、という事である。私の眼には、久々に見えた大空を背に、藍色のシスター服を着た女性の顔が、ぼけながらも映っている。
「大丈夫ですか!? あ、大丈夫じゃないですよね…今、お怪我を治しますね!」
そう言って、彼女が私の体に触れると、次第に痛みが和らぎ、自身の姿を見回せる程度の力を得た時には、傷口も塞がっていた。
「はー…これで、少しは治ったかと思いますが、まだ完治していない所もあるかと思います。お医者様に診て頂きますので、一緒にいらして下さい」
介助されながら立ち上がると、彼女の仲間らしき救急部隊の人々が駆け付けて来ていた。私は、彼女らの手により野戦病院へと搬送され、一命を取り留めた。その途上、私が発した問いに、彼女はこう答えた。
「申し遅れました、私はヒジリと申します。教会騎士団の神官、そして…そう、あなたと共にある者です」
これが私の義姉、ヒジリとの出逢いだった。柔和な緑色の瞳が、私を見詰めている。誰が染めたわけでもない自然な茶髪は、肩に少し掛かる程度の長さだが、前髪を額(おでこ)が見えるよう左右に分けているのは、そこにある「第三の眼」を使うためらしい。そして、十字架の模様を編み込んだ藍色の修道服と、腕には「司教の石」と言われる紫水晶が映えている。
「あなたの御家族が無事で、きっと再会できる事を切に願っております…その時が来るまでは、私があなたの保護者を務めます。今この時より、私があなたの『お姉ちゃん』ですよ」
全てを失った悲しみと、なおも自分に手を差し伸べてくれる人が眼前に居る事への感謝。二つの感情の狭間で頬を濡らす私を、ヒジリは強く抱き締め、優しく撫でてくれた。その身に包まれながら眼を閉じ、再び見開く頃には、先程までおぞましく不気味で、昼か夜かも怪しかった空の色が、少しずつ明るく晴れつつあるように感じられた。私は、彼女達と共に生きる。そして…いつか必ず、失ったものを(どんな形であれ)取り戻してみせる…!
その後、私はヒジリの教会騎士団に所属し、その義勇軍分隊長を務める事になった。その際、記念の護符(お守り)に「十字石」という宝石を受け取った。自然の鉱物でありながら、十字架のような形の結晶になっている不思議な宝石で、妖精の涙とも言われる。その涙の結晶が、私の新生の証となった。
天が地に落ちて来た、あの日。以来、世界は大きく変わってしまった。それでも人々は天を仰ぎ、地に生き続けねばならない。私の新しい姉にして、古の魔女の末裔である神官ヒジリは、青き光を取り戻した北天の蒼空に祈りを捧げ、私達の物語が幕を開けた…。
「あなたは、私の子…私はあなたを、世の終わりまで愛し続けます。私を愛して下さった方々が、そうであったように…!」
第一章1話 解説
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2023(令和五)年2月28日(火曜)執筆
3月30日(木曜)改訂
顯(デジタルアートセンター横浜)
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