ニコライ二世とはどういう人物だったか
1881年3月13日。
この日、ロシア国内を激震が走り抜ける。
そう、時の皇帝、アレクサンドル二世が反体制運動家「人民の意志」メンバーによって爆殺されたのだ。
この時、ニコライ・アレクサンドロヴィチは13歳。子供から大人への階段を上ろうとし始めている人生で最も多感な時期だ。
祖父の悲劇的な最期は、少年ニコライ・アレクサンドロヴィチの心に一つのある信念を植え付ける。
即ち
「改革派に一歩でも譲歩すれば、歯止めが利かなくなりロシアは破滅する」
……早くも、ロシア革命への種が一つ、