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電車

冷たい足先で、温かい座席に座って、最寄り駅の名前が聞こえるのを待つ。


私の母は時限爆弾で、切ってはいけない線、踏んではいけなかったスイッチを押すと、命を狙って爆発する。

小さな時限爆弾なら、ほんの少し避けたら当たらなかっただろう。

もう少し時間差があれば、逃げる時間があっただろう。

爆発の方向が向こうだったら、深手を負うこともないだろう。


私の母が時限爆弾になったのがいつからなのか、思い出せない。

でも時限爆弾じゃなかった、叱ることもあっても心の底は温かくて、そんな母は記憶の中にはいつもいる。

時限爆弾じゃない母に戻ってくれたかもしれないと、優しい母に話しかけると、急に爆発して、飛んでくるはずのない方向からも、四方八方鋭利な刃物が刺さってくる。

私はその時限爆弾に24年余り、抗うことも多少はしつつ、耐えて耐えて、自分が壊れないように守ってきた。


壊れそうになって、おかしなことにも手を出して、死なない努力をたくさんしてきた。


社会人になって時限爆弾が目の前になくなって、初めて大きく深呼吸が出来た。ただ息を吸って、自由に生きられることがどんなに素晴らしいことか、感動が止まらなかった。

この輝く世界を、私の記憶にしかいない優しい母にも見てもらって、

「素敵だね」「ほんとだね」

ただそれだけ言い合って、笑っていたかった。


家を出ても、時限爆弾はいつも私が起爆させることを待ち構えて、私の心臓を狙っている。


どんなに反対されても、家を出て、1人で知らない土地で分からない職場で、私の居場所を作ってこれてよかった。

殺されなくて済むのだから。



名前が呼ばれた。

さあ帰ろうかな、私が生きていけるところ。

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