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アリと破滅とキリギリス

「俺は五十年後を知っている」と先輩がいった。

 僕と先輩は裏通りを歩いている。たったいま、都内の非合法カジノで数百万円を儲けたばかりだ。賭け方から何まで先輩の指示通りに進んだ。

 新ネタにしてはつまらないのでスルーしていると、先輩が続けた。

「あのカジノは明日、サツの摘発で潰れる。この前行った別なところもそうだ。だからタネも丸わかりだ」

「確かにアドバイス通りでしたけど……もっと笑える言い方ありません?」それができたらオーディションに合格してるな、と先輩が苦笑した。

 僕ら二人は〈イーミーズ〉というお笑いコンビで活動している。芽は出ていない。資金面でかなり厳しいので、この資金はありがたい。

「共同トイレに物凄く分厚いカレンダーがあるだろ」

「その話まだするんですか?」

「最後まで聞け。あれには五十年後の暦まで記してある。終わりまでめくるとランダムな地点にタイムトラベルできる。帰ったらアレを燃やせ」

 僕は先輩の顔を見た。

「俺はお前とずっと組んでいたかった。十年後も二十年後も。それにはカネがかかる。ぶっちゃけな、他人からどんなに無視されても、カネさえあれば食っていける。生きていれば再起するチャンスがある。だが俺は間違っていた」

 僕は先輩を見ているが、先輩は僕を見ていない。僕を通して遠くを見ている。

「こんなアコギな方法でカネを稼ぐべきじゃなかった。さっき、天罰が五十年後の俺に下った。俺も罰を受ける。それは仕方ない。けど、お前まで巻き込まれるなんて思わなか、」

 とつぜん先輩が真っ二つになった。ビル屋上の看板が落ちてきたのだ。腰を抜かした僕の頭上を看板の破片が過ぎる。ニュースに出たところによれば、固定されていた看板が予兆なくバラバラになったらしい。

 僕は小便をもらしながら立ち上がり、さっきまでいた非合法カジノへ逃げる。あんなに面白かった先輩が、あんなにあっけなく死ぬなんて。


【続く】

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