見出し画像

尾崎と漱石―「オフィーリア」から考えるGGの再始動―2/3

2.闇の系譜

2-1.倫敦の曇り空

 ここまでは尾崎雄貴の詩作が(少なくともGG時代において)00年代のフォロワー的作法として一種の聖女志向を備えた物語世界の様相を呈していることを確認してきた。そこでは芸術論と女へのまなざしが交差するテクストとして『草枕』を引いてきたわけだが、小説に於ける絵画の問題を考えるためには、その前提となる知識について些かの説明を要する。
 広く主に学校教材などで漱石を通り過ぎて来た読者にとっては、『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』の一種の諷刺、ユーモラスなイメージが先行するからだ。すでによく知っている人は、この先のいくらかは読み飛ばしてもらって構わない、むしろその方が便利で良いのだが。

 漱石こと夏目金之助(1867-1916)は日本近代文学の頂点に君臨する小説家である。が、彼がいわゆる新聞作家として給料を取り執筆活動を行ったのは最期の十年に過ぎない。それまでは東京帝大出の知的エリートの一人として英文学や英語の講義で飯を食っていた。
 そんな彼に転機が訪れる。1900年――19世紀最後の年、金之助は英国留学の機会を得たのだ。ここではその留学について深く入り込みはしないが、彼は日本に先んじて近代化を遂げた倫敦で、沙翁を学び、ラファエル前派を学んだ。頼るよすがのない留学生活は苦しく、沈鬱な面持ちで煤煙の立ち込める石畳の街を歩き倒した。ここでの留学の経験がその後の「闇の系譜」の端緒であると、ここでは考えてみたい。

2-2.闇の系譜

 漱石のデビュー作は『吾輩は猫である』だが、その「外光」的な作風とは裏腹に、じつはこの時期「倫敦塔」などの留学期間における見聞や神話、騎士道物語などに取材した小説が継続して書かれた(じつにこの、裏地に糸を通すような粘り強い仕事ぶりには驚かされる)。「倫敦塔」、「幻影の盾」(※1)、「薤露行」、「琴のそら音」などがそれにあたるが、これらはのちに『漾虚集』(リンク先は国会図書館のデジタルコレクション。利用登録すれば見られます)として華麗な装丁をかけられ刊行されている。その名の通り、「虚」を「漾(ただよ)う」ような幻を連ねたような闇の小説たちである。
 重要な点を再度強調すれば、漱石はその出発において、彼を生涯苦しめる神経衰弱をいわば風土病のように遠くの地で手に入れ(より正しく言えば「再発見」し)ながら、物語としての歴史や世紀末美術をその想像(創造)力の源泉として「漾虚集」的世界を形成していったということだ。「倫敦塔」を一読すればすぐに分かることだが、1900年の倫敦を歩くはずの「余」は気づけばすでに中世の伝説の世界へ身を移しており、「幻影の盾」はそのままアーサー王伝説に材を採った小説である。勘の良い人ならすでに気がついていると思うが、今回問題としているところの『草枕』における「オフィーリア」もまた、おそらく英国留学を機にその存在を知り、作中に描きこめるほどひとつのモチーフとして深化していたのだろう。そしてそれらの小説は、いいようもなく苦しい。鉛のように立ち込める色を亡くした夕空を思わせる。マクベスの三人の魔女が今にも出て来そうな空だ。英国留学を源とする闇の系譜は、今回問題としている『草枕』はもちろん、著名な「夢十夜」(1908)にまで引き継がれてゆくことになる。
(※1)幻影の盾…『ホトトギス』1905年4月号に掲載された短編小説。アーサー時代に材を取った幻想的な作品。

2-3.稚内の曇り空

 ここまで書いてくると、すでに見当がついているだろうが、ここまで長々と漱石の話をしてきたのは、とりもなおさずそれが尾崎雄貴の執着する「物語」その世界と極めて近いからだ。彼の形成してきた物語世界は、彼が常々言っているように北海の果てしない曇天と荒れ狂う波をその背景とし、いわばおよそ「日本的」ではないその潮の匂いは、イギリス海岸のそれを思わせてならない。オフィーリアはたんにその繋がりを示す一例に過ぎない。例えば、『ALARMS』収録の「処女と黄金の旅」では星座神話を思わせるようなモチーフが多様される煌びやかな幻想世界を描かれるが、幻想は次第に深く、沈鬱な色が挿し込まれてくる。その帰着点として動き出したのがwarbearというソロ・プロジェクトであったのは周知の事実だ。『warbear』収録の「罪の国」は、これは中世の騎士道物語に取材している点において「薤露行」への連想を誘う。もちろん、それまで強く意識されてきたヘミングウェイやサリンジャーはこの段階において一度破棄されている。「灰の下から」・「1991」・「27」など、これまで彼の住まう土地の厳寒に求めるしかなかったひどく苦し気な「越冬の思想」は、ブリテン島あるいは闇の系譜を補助線として引き直すことで、その幻想性と分かちがたく絡み合った憂鬱の実質を引き出してくることが出来るのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?