異世界へ召喚された女子高生の話-69-
▼カラドールの騎士たちと懸賞金の行方
メイデイ(五月祭)当日がやってきた。
高橋美咲は早朝、まだ日の出前の薄暗い時間に外へ出て、夜露に濡れたサンザシを見つけ、その露を顔に塗った。
露から得られる力は、「希望」かあるいは「ただ一つの恋」なのか。
次に共同浴場へ向かう。
この世界では早朝の入浴が一般的で、パン焼き窯の熱を利用した蒸し風呂が主流だ。
「ううーっ、お肌つるつるに磨き上げとかないと!」
と、美咲は気合を入れて蒸し風呂で自分を清めていた。
ソナも小さな体で一生懸命汗を流しており、その姿がほのかに光っていた。
エリナは眠そうな顔をしていて、目をこするたびにあくびをしている。
玲奈は、美咲の放つ微かな芳香に酔ったような顔をしていた。
(なに? これもロウェンの薬草料理の影響なの?)
と、美咲は玲奈の奇妙な反応を見て、自分の香りが普通ではないのか、それとも玲奈の性癖のせいなのか、不安を覚える。
そんなことを考えながらも、ソナと玲奈に仕込みをお願いし、それぞれ別れた。
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朝一番、グレイロック村の門でカラドール騎士団を迎えるのはオリバーとレオンの役目となった。
その後、グレイロック村長邸での会合が予定されており、村長、エリナ、フィリップとともに騎士団を迎えるのだ。
エリナとともに正装することになり、アリアナお嬢さんからドレスを借りることになっていた。
グレイロック邸へ向かう途中、美咲は一昨日と同じブラウスとフレアスカートを着ていた。
邸内に入ると、使用人たちが忙しく動き回り、目前に迫る騎士団の歓迎準備を進めていた。
「うわぁ、大変そうだよ。大丈夫かな?」
と、美咲はその様子に気圧されていたが、エリナは平然とした様子で案内役の下女についていき
「まあ、こんなものでしょ。」
と、一言で片付けた。
美咲はドレスの着用に苦労しながらも、自前の下着の上にまず肌着であるシフトを身に着けた。
リネン製で、長袖、裾は足首まである。
次にキルテを着る。
これは背中や脇でボタンを留め、体のラインを美しく見せるが、借り物なので少し大きい。
さらにその上からサーコートを羽織った。
これは装飾が施されたアウターで、フォーマルな印象を与える。
ウエストにはベルトを締めてシルエットを整え、靴は黒のショートブーツを履いた。
髪はいつものハーフアップにし、花冠のついたカペを頭に被った。
サンザシの匂いは少し独特なので、室内ではブルーベル(信頼)に代え、エリナはデイジー(希望)、バラ(尊厳)は屋敷の主人に敬意を表してアリアナに譲る。
やがて、騎士団の到着を知らせる使者が駆け込むと、待機していた一同に緊張が走る。
正装したオリバーとレオンに先導され、サイラス騎士団長を筆頭にカラドール騎士団が室内に入ってきた。
彼らはホーバーグと呼ばれる膝丈の鎖帷子に、マントと紋章入りのタブレットを着ていた。
美咲は全身鎧の騎士たちを想像していたため、少しがっかりしていたが、3個小隊と支援部隊で構成された隊は、堂々とした威厳を感じさせた。
代表として現れたのは団長のサイラス・アシュクロフト、副団長エレナ・バレンタイン、第一小隊長ガレス・ストーンブリッジ、第二小隊長ジーナ・ホークアイ、第三小隊長セドリック・レインウッド、そして医療士官エミリア・グリーンフィールドだった。
ベルトラン村長は、ボウ・アンド・スクレープと呼ばれる片手を胸に当てて軽く膝を曲げるお辞儀をし、彼らを迎えた。
「遠路はるばる、よくぞおいでくださいました。私が村長のベルトラン・グレイロックでございます。歓迎のお印に、どうぞお受け取りください。」
ベルトランの合図で、村娘たちが花冠を手に取り、騎士たちに渡していった。
サイラス団長は、村娘のミアが花冠を渡すと、片膝をついて頭を下げ、直接花冠をのせてもらうサービスをした。
ミアは感激の表情を浮かべた。
「ありがとう、可愛い娘さん。」
隣にいた副団長のエレナが
「浮かれすぎですよ。」
と、たしなめた。
「折角の祭りムードを壊してはいかんぞ。こういうことは、隊長自ら行わないと、下の者が遠慮してしまうだろう? 皆も無礼講で行こう。」
とサイラス団長は笑い、副団長も納得せざるを得なかった。
その後、サイラス団長が周囲を見回しながら尋ねた。
「して、報告にあった20人の元騎士で、我が部下でもあった奴らを下した、英雄ケイリー殿はどちらかな?」
美咲は前に出て、両手をスカートの両脇に添えて膝を曲げ、深くカーテシーをしてから名乗りを上げた。
「サイラス団長様、お目にかかれて光栄です。私がケイリーと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
これらは前もってエリナに仕込まれたもので、頼れる親友だと思う。
騎士たちの反応は冷ややかだった。
「信じられない…」
「こんな少女が?」
と声が漏れたが、美咲はすでにこうした反応には慣れており、気にすることなく続けた。
「私自身もこの結果は信じ難いことですので、皆様が、お疑いになるのも無理はないでしょう。ただ、黒鴉の戦団が、鉱山に囚われているのは事実です。お引き受けいただければ、それだけで私としては幸いです。」
ベルトラン村長も続けた。
「サイラス団長様、鉱山にいるゴルバス・アイアンアームを吟味してくだされば、彼女が英雄であることをすぐに納得していただけると思います。」
サイラス団長は無表情のまま、従者を呼び金貨の入った袋を持ってこさせた。
「俄かには信じ難いことゆえ、村長の言う通りに検分してみよう。だが、今回すぐに用意できた懸賞金は200枚のみだ。すまないが、残りは追って用意させてもらう。」
美咲は微笑んで答えた。
「これ以上のご用意が難しければ、私はこれで十分です。」
そして…
「残りの800枚は支払ったものとして、領国の発展にお使いください。その際には、グレイロック村とエルヴァーナ集落をよしなにお願いします。」
と言った。
その場の全員が驚愕し、不満を言いたくても口には出せない状況だった。
サイラス団長は大笑いした。
「ふっ、はっはっはっ、面白いお嬢さんだ。出すはずの金貨800枚を、逆に預けられるとはな。グレイロックとエルヴァーナ、気にかけておこう。約束する。」
美咲は再び深いカーテシーをして感謝を示した。
フィリップは、いつもより上等なローブを着ていたが、美咲の大胆な言動にハラハラしっぱなしだった。
エリナやオリバー、レオンは、自分たち取り分の計画が「取らぬ狸の皮算用」となった事を嘆きつつも、怒る気はなれなかった。