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異世界へ召喚された女子高生の話-78-

▼たらちねのマイア

サイラス騎士団長は、英雄ケイリーと称えられる高橋美咲みさき伴いともない城郭じょうかく尖塔せんとうの一つ、カラドール伯爵の居室へと向かっていた。

彼の心中は重く、自分が信頼されているからこそ、これから彼女を主人の慰み者なぐさみものとして差し出すことに強い抵抗を感じていた。
しかし、騎士としての忠誠心と、人としての良心の狭間はざま葛藤かっとうしながらも、何とか主人に思いとどまってもらおうと決意していた。

ついに伯爵の寝室に到着し、重厚な扉を開くと、部屋の中には豪華な食事と芳醇な香りのワインが並べられていた。
カラドール伯爵はテーブルについており、食事を始めていた。

「サイラス、遅いぞ。待ちくたびれて食べ始めたところだ。」
伯爵は不満げに言い、美咲に視線を向けた。

「ケイリー殿、先ほどは見事な剣捌きけんさばきであった。さあ、席に着いてくれ。」
彼は和やかにこやかな口調で、美咲みさきを招き入れる。

「サイラスはもう下がってよい。家族サービスでもしてやるがよい。」
伯爵は冷たく言い放ち、サイラスを追い払おうとする。

それでも何か言おうとする彼に、そばにいた女官が静かに背中を押しながら囁いたささやいた

「サイラス騎士団長様、この領国にいる女にとって、これは極上の幸せなのです。…できれば、代わりたいくらいですのよ。さあ、お引き取りください。」

サイラスは情けなくも退室を余儀よぎなくされた。
(これはケイリー殿にとっても幸せなのか? 来る途中で正直に話し、意見を聞いておくべきであったか。)
と、後悔の念に駆られながら、帰宅などぜず、城内の片隅かたすみで待機することにした。

部屋に残された美咲みさきは、伯爵の隣に座るよう促されたうながされた
先ずまずは、手洗いの儀式をする。

ぬるま湯を張ったボウルの中に、生花のバラ・ローズマリー・ミントが入っていて、湯の中に手を入れて揉み、それから手を布で拭く。

「さあ、ケイリー殿。ワインでも飲んで楽しくやろうではないか。」

伯爵は満面の笑みで、ワイングラスを差し出す。

「カラドール伯爵様、申し訳ありませんが、私はお酒をいただけません。こちらのお水で十分でございます。」
美咲みさきは丁寧に断り、微笑ほほえんだ。

彼女の礼儀正しさに一瞬、たじろぐ伯爵だったが、内心では苛立ちいらだち募るつのるわせて事を運ぶ計画が狂い始めていた。

彼の視線は、美咲みさきの白い足に吸い寄せられる。
決闘の際に見せたスコートから伸びるその足が、彼の理性を揺さぶっていた。

どうにかして彼女を自分のものにしたい――そんな思いが頭をよぎる。

その時、扉を激しく叩く音が響いたひびいた

「何事か!」
伯爵は、怒りをあらわにして叫ぶ。

「伯爵様、大変申し上げにくいのですが、マーク様が高熱を出され、容体ようだいが思わしくありません!」

扉の向こうから、切迫した声が伝わる。

「何だと!?」
伯爵は驚愕きょうがくし、立ち上がる。

唯一の男子であり、跡取りであるマーク(水銀の語源になる神マーキュリーから名を頂いた)の危機に、彼は血相を変えて部屋を飛び出した。

美咲みさきも急いで立ち上がり、(何かできることがあるかもしれない。)と伯爵の後を追った。

その後ろにソナがピタリと付き添い、小さな声で囁く囁く
「やめておけ、ろくな事にはならんぞ!」

「目の前で助けられる命があるのよ。私は放っておけない。」
美咲みさきは決意の表情で答える。

マークの居室にたどり着くと、室内は悲痛な空気に包まれていた。

小さなベッドの上で、幼いマークが苦しげに息をしている。
その傍らかたわらで、第二夫人のカタリーナが涙にくれ、治療術師が肩を落としていた。

「マぁ、マークは…無事か? なあ…?」

伯爵は震える声で問いかける。治療術師は深く頭を下げて答えた。

「申し訳ございません。私の力ではどうにも…。魔術的な熱のようで、薬草も高価な薬も、治療術も効果がありませんでした。」

「そんな…私の息子が…!」

伯爵は絶望の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちそうになる。

その時、美咲みさきは一歩前に進み出て、深くカーテシーをしながら申し出た。

「差し出がましいお願いですが、マーク様の命を私に、預けてはいただけませんか?」

伯爵は焦点の定まらないひとみで彼女を見つめ、力なく呟くつぶやく

「…好きにせよ…」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

美咲みさきはマークをそっと抱き上げ、その小さな体を胸に抱きしめた。
彼女は周囲の視線を感じながらも、静かに胸元を緩めるゆるめる

「どうか、目をお閉じください。」

彼女の言葉に、皆は戸惑いながらも目をらした。

美咲みさきはマークの口元に自分の胸を寄せる。
すると、彼は本能的に口を動かし、穏やかな表情を浮かべ始めた。

室内には静寂せいじゃくが訪れ、全員が息をんで、その光景を見守る。

数分が経ち、マークの呼吸は落ち着きを取り戻していた。
熱で赤くなっていたほほも、次第に元の色に戻っていく。

「これで、もう大丈夫です。」

美咲みさきは優しく微笑ほほえみながら、マークをカタリーナ夫人の腕にそっと戻した。

「信じられません…こんなにも安らかな顔で眠っているなんて…」

カタリーナは涙を流しながら、息子をしっかりと抱きしめた。

美咲みさきは静かに衣服を整え、一歩後ろに下がった。命を救えた喜びで胸が熱くなる。
しかし、その喜びとは別に、周囲からは驚きおどろきと感嘆の声が上がり始めた。

「奇跡だ…!」

「まさに聖女のお力だ…!」

人々は次々と美咲みさきを称える声を上げる。

その中で、カラドール伯爵は彼女の存在価値を改めて見直していた。

神秘的な剣の使い手であるだけでなく、奇跡の力を持つ女性――彼の目には、計り知れない可能性を秘めた存在として映っていた。

美咲みさきは周囲の称賛に戸惑とまどいながらも、マークの無事に安堵あんどしていた。
しかし、その背後で伯爵のひとみに浮かぶ欲望と計算高い光に、ソナは密かに警戒の色を強める。

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