メモの使い分けが悩ましい
最近「Zettelkasten(ツェッテルカステン)」というメモ術を知った。
「Zettelkasten」とは、簡単にまとめると、1メモ1テーマでごく短いメモを作り、それをリンクすることで情報を管理し、発想を生むメモ術。
その使い方に試行錯誤が必要そうだな、という話。
きっかけはObsidianを使い始めたこと
1年ほど前だっただろうか。
Evernoteアプリの使い勝手が悪くなったのをきっかけに、メモアプリを移行した。
NotionやApple純正メモなどと比較して悩んだ末に行き着いたのが、Obsidianだった。
ちなみにObsidianを採用した主な理由(というか他を採用しなかった理由)は以下の通り。
Notionはめちゃくちゃ便利で綺麗にまとめられそうだったけど、その分、将来移行しようと思った時のスイッチングコストが高くなりそう。
Apple純正メモはとても気軽に使えるけど、大量のメモを管理するのがめんどくさそう。
「Zettelkasten(ツェッテルカステン)」との出会い
そんなわけで使い始めたObsidian、便利で多機能なんだけど、その分、「何ができるかを理解しきっていないなー」という感覚があった。
これを解消しようと、ネット検索を重ねるなかで出会ったのが、jMatsuzakiさんのブログ。
そしてそこで紹介されていたのがZettelkastenというわけ。
これまで、漠然と「メモをうまく活用できていない」という問題意識を抱えていたわたしにとって、わりかし体系的な印象のあるこのメモ術を知ることができたのは、ありがたいことだった。
メモ術の沼への誘い
そんな経緯を踏まえつつ、Obsidianの活用方法についてさらに知りたいと思っていたところ、Twitterで知ったのがこの本。
日本語で書かれた本が乏しい(はず)のObisidian界隈において貴重な情報源だと感じ、早速読んだ。
そしてここでも出てきたのが、Zettelkasten。
ここまできて、Obsidianの良さを活かすには、やっぱりZettelkastenを深く知ったほうが良さそうだなと考えるようになった。
そこで、『Obsidianで[[つなげる]]情報管理術』でも紹介されていた『TAKE NOTES!』を読むことにした。
もうすっかり、メモ術の沼に片足を踏み入れてしまったのだ。
本書は日本語では数少ない、Zettelkastenそのものを扱った書籍のようだ。
本書を通じて、冒頭に述べた、「Zettelkastenとは、簡単にまとめると、1メモ1テーマでごく短いメモを作り、それをリンクすることで、情報を管理し、発想を生むメモ術である」ということをよく理解した。
ここまできて一つの壁にぶつかった、というのが、現在の状況である。
1メモ1テーマの難しさ
繰り返し述べているように、Zettelkastenは「1メモ1テーマ」を前提にしている。
デジタルで書く場合、1メモの長さは画面をスクロールしなくても本文を全て読める程度にする必要があるらしい。
しかし、である。
わたしがEvernoteから移行したメモのほとんどは、結構長い。
それに、多くが備忘録の性格が強いメモである(例えば、旅行の時の持ち物リストや、集めた御朱印のリスト、ネタを探すときのチャネルの一覧、面白かったほんのリストなど)。
これらのメモをもとにアイデアを生む場面は、ちょっと想像しづらい(わたしの印象では、Zettelkastenはアウトプットにつなげることを前提にしたメモ術のように思われる)。
既存のメモを、Zettelkastenの枠組みの中にどう入れようか。
それに、これからも備忘録的なメモはつくるはずだ。それをZettelkastenの枠組みで管理するのだろうか?
現状、そうした悩みに直面している。
暫定的な方針
既存のメモと、Zettelkastenとの兼ね合いについては、これから試行錯誤が必要そうだ。
ひとまずは、「備忘録的なメモは、Zettelkastenの枠組みの外に置いておく」という方針を採用して、運用してみようと思う。
メモの使い分けをどうするか
この、
短文で、1テーマに焦点を絞ったメモ
備忘録的なメモ(これはメモというより、ノートと読んだほうが実態に即しているかもしれない)
の管理方法が悩ましい、というのが今回の話。
2つの性格が違う以上、前者はObsidian、後者は他の場所というように、分けて管理したい気持ちはある。
しかし、数多あるメモ・ノートのなかには前者と後者の間に関連性があるケースもある。そして何より、管理する場所が増えるのは面倒だ。
かといって、Obisidianのなかで全部管理するのは、ごちゃっと指定しまう。
現状はすべてをObsidianに置いておこうと思っているものの、しばし、最適解を求めて彷徨うことになりそうだ。
とはいえ、メモ術はあくまで「手段」である。
「綺麗に整理され、見た目にも美しいメモ体系を整備すること」自体がゴールになり、手段の目的化に陥るような事態は避けるよう、気をつけようと思う。