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「法務部が知っておくべきESG」#4 TCFDとTNFD

サステナビリティ基準に明るく、各企業の取組みにも詳しい弁護士チームが、「法務部が知っておくべきESG」というテーマで、溢れるアルファベットスープを、分かりやすさ優先でシンプルに語っていくページです。

私たち弁護士チームは、2022年から、企業のサステナビリティ担当者が集まる勉強会を主宰し、自己研鑽の場を提供するとともに、外部専門家講師を招聘して参考事例の提供を行なっています。

ここに記載の事項は、勉強会の流れで一定の前提のもとに書かれていることが多く、一般的なアドバイスを提供する趣旨のものではありませんし、個別案件の解決を目的とするものでもありませんので、ご注意ください。

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今回は、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)とTNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)をとり上げます。(出稿日2023年11月30日)

TNFD提言が2023年9月18日に発表されました。略称が似ているTCFD提言と似ているのか、どう違うのか、自社にどの程度影響するかと、気を揉んでいたサステナビリティ担当者の方も多いでしょう。

TCFDの振り返り
まずは、TCFDを振り返ってみます。2017年6月に発表されたTCFDは、GHG(温室効果ガス)の排出量を中心に、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標という4つのピラー、11項目について情報開示を求めるものです。日本企業にとっては、特に「戦略」中で求められるシナリオ分析が難しかったようで、環境省も支援活動に動きました。環境省は環境報告ガイドライン2018年版を発行していますが、組織戦略のレジリエンスを記述するためシナリオ分析を求めるTCFDは、ガイドライン2018年版を超えるとし、シナリオ分析の解説を行なっています。

日本企業のTCFD賛同数
2023年9月末現在、TCFDに対して、世界全体では4,831の企業・機関が賛同を示し、そのうち1,454を日本企業・機関が占めています。実に世界の3割弱にもなります。この背景には、TCFDコンソーシアムやTCFDサミットといった政府ぐるみのプロモーション活動の影響があったと言えます。金融庁のディスクロージャーワーキンググループ(DWG)や東証のコーポレートガバナンス・コードがTCFDに言及したことも、賛同企業が増えた一因でしょう。

有価証券報告書中の記載
2023年1月31日、企業内容等の開示に関する内閣府令が改正され、TCFDの4つのピラーは有価証券報告書中に取り込まれることとなりました。詳しくは、昭和四十八年大蔵省令第五号企業内容等の開示に関する内閣府令様式第三号が準じる様式二号の、記載上の注意「サステナビリティに関する考え方及び取組」の部分をご参照ください。

TCFDとTNFDの沿革の比較
TCFDは、G20の金融監督当局らで構成されるFSB(Financial Stability Board、国際金融の安定化を図る金融安定理事会)が設立したタスクフォースです。このタスクフォースは、金融機関がポートフォリオを構成する上で必要な情報を求める動きから始まりました。目に見えにくい気候変動という最大のリスクを可視化して、金融市場が適切に資金を配分できるようにするのが目的です。

TNFDの場合は、各国政府、国連の機関などが構成員です。ビジネスと資本市場の意思決定者に情報を提供して、ビジネスやポートフォリオに関するリスク管理を容易にする、という目的を掲げています。一方で、提言のいたるところで、昆明(くんみん)・モントリオール生物多様性枠組、いわゆるGBF(Global Biodiversity Framework)が引用されており、GBFの推進の意味合いが強いと感じられます。

TCFDとTNFDの基本的な性格
TCFDはプリンシプルベースであり、シングルマテリアリティの考え方をとっています。金融機関にとって必要な情報を渡すのが目的であり、地球温暖化という特定のトピックが企業にどんなリスクや機会を与えるか、という企業価値への影響に着目するものです。
一方、TNFDは、定性的な情報については各企業が自由にドラフトできます。その意味ではプリンシプルペースと言えるかもしれません。他方で、定量的なメトリクスも多数あり、その意味でルールベースだとも言えそうです。ダブルマテリアリティの考え方をとり、つまり、投資家以外のステークホルダーにも必要な情報を渡すことを目的にしています。大気、水、土壌などに企業がどんな影響を与えているか、というインパクトに着目しています。

TCFDによるセクターの取扱い
TCFDでは、各企業がマテリアリティ選定を行なうことが求められ、気候変動は自社にとってマテリアルでないという会社もあり得ます。ただ、TCFDは、気候関連リスクをほぼ全ての産業が悪影響を被る分散不可型のリスクだとも考えており、各社のマテリアリティ選定とは無関係に、全セクターに対して気候関連リスクの開示を推奨しています。具体的には、4ピラーのうち、少なくともガバナンスとリスク管理だけは開示し、戦略と指標及び目標については重要性ありと判断した場合に開示すること、という建付けになっています。同時に、セクターによっては気候関連リスクが特に重要になるものがあります。エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食糧・林業製品の四つです。セクターごとのガイダンスが発行されており、TCFDコンソーシアムは、さらに細かく業種ごとにガイダンスを発行しています。

TNFDによるセクターの取扱い
TNFDでも、自然関連リスクが特に重要となるセクターが認識されています。個別セクターガイダンスとして現在、金融機関向けのものが発行されています。今後は食糧、アパレル・テキスタイル、建築資材が出されると予想 されます。

シナリオ分析の取扱い
TCFDでは第2ピラーである戦略に関する開示項目の一つとしてシナリオ分析が推奨され、シナリオ・ガイダンスも定められています。
TNFDでも第2ピラーである戦略としてシナリオ分析が推奨されています。やはりシナリオ・ガイダンスがあります。

メトリクス、指標
TCFDの第4ピラーである「指標と目標」として、開示が推奨されるメトリクスは、スコープ1及びスコープ2のGHG排出量です。場合によってスコープ3も含まれることがあります。
TNFDでも第4ピラー「指標と目標」で定量的なメトリクスの開示が推奨されます。GHGはTCFDがすでに開示を求めているため、TNFDはその他のトピックに関心を移している印象があり、大気に関わるもの、水、土壌等といった項目です。メトリクスは、Coreなものだけでも14個あります。ただ、comply or explain方式を取るので、企業がそのメトリクスは自社にとってマテリアルと判定しなかった場合には、その理由を説明し、開示しないことができます。

他の基準との関係
TNFDのメトリクスは、SASBやGRIと重複するものも多く、既にこれら任意基準に基づき開示対応済みの企業にとってはそれほどの負担ではないかもしれません。他方で、こうした開示を行っていない企業にとっては、開示の準備は相当の負担を要すると思います。

TNFDへの日本企業の賛同予想
2023年11月現在、TNFD forumメンバーとして全世界の1200余の企業や機関が加盟しています。そのうち162を日本企業・機関が占めています。TCFDが対象とする気候変動はGHGという単一トピックでしたが、かくも多くの日本企業がTCFDに賛同しました。TNFDには複数トピックがあり、そのいずれかがマテリアルである企業は、TCFDより多くなると考えるのが自然です。TCFD以上に多数の企業がTNFDに賛同してもおかしくありません。しかしながら、各社はマテリアリティ選定をしっかり行なって、加盟の是非を判断するべきであり、他社が賛同したから、以前もそうしたから、といった理由で加盟するのは適切でないことは言うまでもありません。

TCFD賛同と開示の違い
TCFDには多数の日本企業が賛同していますが、賛同することとTCFD枠組みで実際に開示することとは異なります。東証がJPX日経インデックス400構成銘柄の400社を調査したところ、400社中、102社が、TCFD提言推奨11項目全てを開示していますが、82社はいずれの項目にも言及がないとのことでした。つまり5分の1は、具体的な開示を行なっていないことになります。

開示企業拡大の予想
今後、TCFD開示を行う企業が拡大するかは、IFRS基準の動向、さらにはそれを取り込んだ開示規制がどうなるかによる部分が大きいと言えます。TCFDは任意の開示基準ですが、TCFDの推奨事項は、IFRS S1及びS2に取り込まれ、TCFDの機能も2024年にIFRS財団に引き継がれます。IFRS S1は、投資家にとって関連のある全てのサステナビリティ関連のリスク及び機会の開示を求めるもので、企業が気候変動をそのリスク及び機会の一つであると判断した場合、IFRS S2の使用を求めることになっています。

日本における開示規制の将来
日本においては、IFRS S1及びS2が、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)による検討や調整を経て、日本版S1及びS2となり、日本の開示規制に取り込まれることが予定されています。つまり、基本的には、有価証券報告書の中に日本版S1及びS2基準に従ったサステナビリティ情報の開示が義務付けられる方向に進んでいます。そうなれば、もちろん、TCFD開示は大幅に拡大することになります。

有価証券報告書の書き方の変更
有価証券報告書では、現在でも「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示が内閣府令によって求められています。日本版S1・S2基準ができたら、府令や記載上の注意がどう変わるのか、まだ分からないとしか言えません。ただ、これまでの議論の延長で考えるなら、企業がマテリアルトピックとして選定した場合に、日本版S2基準に従って、気候変動リスク開示が求められる形が維持されるでしょう。そうすると、地球温暖化は自社のマテリアリティではないから4ピラー全部までは開示しない、という対応もあり得るかもしれません。

TCFD賛同とマテリアリティの関係
TCFDの趣旨に賛同済みの企業でも、マテリアルではない、というスタンスを取ることも理論的には可能と思われます。ですから、開示が強制される時期が来たら、各社ともマテリアリティ選定や見直しを十分行なうことが大切と言えます。開示規制と言っても、全社に一律に同項目の開示が義務付けられるわけではなく、自社によるマテリアル選定というフィルタがかかるのです。そのフィルタを正常に機能させることが必要となります。

TNFDの規制化
TCFDのように、TNFDもISSBへの取り込みを通じて、日本における規制開示対象となるのかは、まだ何とも言えません。しかし、ISSBは優先アジェンダの一つとして生物多様性を挙げています。S1・S2に続くIFRS S3などとして、TNFDに似た内容がISSB基準に入ってくることも十分予想できます。もっとも、基準が出来ても、SSBJを通じて日本版ができて開示規制になるまでには時間があります。この間、企業には、任意基準を採用して開示を進めるのか、それとも強制開示になるまで待つのかという選択肢があります。いずれにせよ、先を見越して、自社としての方針を決めるのが最良です。

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