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「法務部が知っておくべきESG」#2 ヨーロッパの強制開示及び日本の有価証券報告書上の記載

サステナビリティ基準に明るく、各企業の取組みにも詳しい弁護士チームが、「法務部が知っておくべきESG」というテーマで、溢れるアルファベットスープを、分かりやすさ優先でシンプルに語っていくページです。

私たち弁護士チームは、2022年から、企業のサステナビリティ担当者が集まる勉強会を主宰し、自己研鑽の場を提供するとともに、外部専門家講師を招聘して参考事例の提供を行なっています。

ここに記載の事項は、勉強会の流れで一定の前提のもとに書かれていることが多く、一般的なアドバイスを提供する趣旨のものではありませんし、個別案件の解決を目的とするものでもありませんので、ご注意ください。


今回は、ヨーロッパの強制開示及び日本の有価証券報告書上の記載を取り上げます。(出稿日2023年6月8日)

ヨーロッパの強制開示の影響を受ける日本企業
具体的には、CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive, 企業サステナビリティ報告指令)とESRS(European Sustainability Reporting Standards, 欧州サステナビリティ報告基準)です。ヨーロッパの開示規制は日本企業にとって非常に重要なものになっています。日本では有価証券報告書がサステナビリティ関連の開示項目を記載するように求めていますが、項目数がまだ少ないです。それと比較すると、CSRD及びESRSは、開示項目が多岐にわたっています。EU域内の大企業や上場企業に加え、EU域外企業であってもEU域内の売上高が大きいと適用されるため、影響を受ける日本企業が相当数あるのです。

適用開始時期
いつから適用されるか、日本企業を親会社としてEU内に一定規模の子会社または支店等がある典型例で考えてみましょう。子会社が、NFRD(Non-Financial Reporting Directive)の対象でない上場企業および大企業である場合、2025年1月1日以降開始する会計年度から適用となり、2026年から開示を行う必要があります。また、EUで重要な活動(純売上高>1 億5,000 万ユーロ)を行うEU域外企業は、2028年1月1日以降開始する会計年度から適用となり、2029年から開示が必要となります。連結グループが3 月決算であると想定すると、多くの日系EU子会社は2026年3月期から開示が必要となり、連結グループ全体は、2029年3月期から開示が必要となります。開示のためにはITシステムを含む大きな投資が必要となり、全社規模の取組みが必要となる可能性があり、その準備にはそれほどの時間的余裕はありません。また、急に売上高が増えて、対象企業になってしまう場合の対処についても、準備をしておく必要があるでしょう。

第三者保証
さらに、CSRDは、Assurance(第三者保証)を強制しているのが重要なポイントです。開示するデータを集めるのも容易ではない上、Assurance取得のための準備も非常に煩雑です。しかし、保証はEUだけでなく、将来的には日本でも必要になることが想定され、開示について考えるときには避けて通れないトピックです。

SFDR
CSRDは主に事業会社を適用対象とする企業開示の法令であるのに対し、SFDR(Sustainable Finance Disclosure Regulation)は、主に金融市場に参加する金融機関を適用対象としています。ヨーロッパではタクソノミーが有名ですが、CSRDやSFDRも合わせ技となって、グリーンな事業に投資を促す仕組みが隙間なく定まっているのです。日本の資産運用会社でも、EUで投資信託を運用している場合は、SFDRの適用を受けることになります。EU域内でマーケティングを行う投資法人にもSFDRが適用されます。日本企業にもヨーロッパの開示規制は着実に影響を与えており、法務部もこれらの規制に無頓着ではいられない時代と言えます。

日本本社の法務部と現地法
法務部は、日本の法令解釈は得意でしょう。しかし、企業活動が国境を超えていく中で、法務部業務が、国の法令という境界に囚われているわけにはいかないというのが実情です。本社の法務部が中心となって、各国の法務機能を取りまとめ、外部法律事務所も使って、企業戦略のサポートと、リスク管理の強化を目指すべきだ、という議論を聞くことが増えました。特にESGに関する活動は、企業の戦略と直結しており、失敗すれば法令違反を含む、大きなリスクを現実化させるおそれがあります。

開示規制と活動実態
企業の活動の実態は、開示という形式と密接に結びついています。活動が充実するから開示も充実するというのが本来の順序ですが、開示規制を巡る昨今の動向を見ていると、活動を充実させることを狙って開示規制が導入されているという側面もあるようです。法的リスクや規制が深く関わるものであるのに、このような重要な開示規制への対応について、法務部が関わることもなく、コンサル任せにすることは適切ではないでしょう。

日本の法令改正による開示規制
企業内容等の開示に関する内閣府令が改正され、2023年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書に適用されています。この改正により、事業の状況欄に「サステナビリティに関する考え方及び取組」を書くことになり、さらに一定の企業は従業員の状況として、女性管理職比率、男女間賃金格差、男性の育児休業取得率を書く必要があります。「サステナビリティに関する考え方及び取組」は、何を書くべきかが一義的に定まるものではないので、初年度は、各社、何をどこまで書くべきか、悩んだようです。

4つの構成要素および重要性
TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の4つの構成要素である「戦略」、「ガバナンス」、「リスク管理」、「目標及び指標」は、サステナビリティ開示の基本的な枠組みであり、有価証券報告書の記載にも取り入れられています。非常に紛らわしいのは、有価証券報告書の記載上の注意では、ガバナンスとリスク管理については「記載すること」となっているのに対して、「戦略」と「目標及び指標」についてはそのうち「重要なものについて記載すること」となっていることです。4要素の中でも扱いに差があり、重要なものとそうでないもの、などといった分類があるわけです。この複雑さには、内閣府令の改正案パブコメの段階でも多くの質問があり、金融庁チャンネルで解説がなされました。この点、サステナビリティの分野に頻出する、「マテリアリティ」というコンセプトを理解できているかどうかが、ものを言うでしょう。

法務部の関与―リスクの衡量
法務部は、文書のレビューを行うに際し、法の趣旨まで遡り、法的効果を予見して、本質的な議論を行うことができます。有価証券報告書の記載についてレビューを求められた際も、そのような法的な視点が頼りにされるわけです。ESG情報の開示は投資家からの要請であり、資金の出し手からの要請に事業会社は応える必要があります。そう考えると、「ここはガバナンスとリスク管理の2要素の開示で良く、それ以上を書くべきでない」という線引きや、単に開示を最小限に留めるための解釈に終始するのは妥当ではないかもしれません。また、逆に有価証券報告書に記載することの意味合いや、重要(マテリアル)と整理しながら記載しない場合の責任論などを考えることも大切です。記載するリスク、記載しないリスクを比較衡量できるのは、法務部しかありません。

日本企業の開示の遅れと取り戻し方
日本企業のESG情報開示は、欧米企業に比して遅れていると一般的に言われています。これにはいくつかの要因が考えられますが、ESG情報の開示は、投資家の要請によって、任意開示から、強制開示へという流れが作られたものであることへの理解不足があるとしたら、それは正す必要があるでしょう。規制当局だけをステークホルダーと捉えていると、極力開示しないという姿勢につながり易いでしょうが、投資家というステークホルダーの期待するところとはすれ違ってしまいます。海外での議論と、遅れている日本のギャップを客観的に知ることも必要です。その意味で、海外の競合他社の開示事例を見て、自社の開示姿勢を見直すということも有益です。


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