見出し画像

20190127 理想を語るには力が必要か?

元ネタは、マンガのほうの「封神演義」です。

事あるごとに思いだすんですよね、物語の序盤の序盤で主人公サイドがぼろぼろに負けてしまうシーンで「理想を語るには見合う力が必要だ」って相手から言われるくだり。

私はとても素直じゃない。なので、見合う力を付けたころには、理想を持ってても目の前の欲におぼれたり部下コントロールに夢中になって、もうすでにすたれている国に固執してしまう聞仲さんのようなROUGAIになりはてるかもしれない、って思うこともあるんです。理想を語らせないのは、自分の威厳を維持したいからかな、とか。

今の時代は、個々人が好き勝手にSNSで自分の意見を述べることができるようになりました。昔みたいにトップにいる偉い人が、下の人に狭い世界の知識だけを与えて、こういうものだって思わせることができなくなっているように思います。いくらいいこと言ってても、化けの革がはがれたり、誰かの犠牲の上に成り立つ美味しい思いをしている人たちが、目に見えるようになると思います。こんなに楽な(そして厳しい)時代になるなら、あと10年遅く生まれたら良かったなあ、ってよく思います。

私は理想を持つのが大好きで、見合う力も持てない凡人です。
それで口だけは生意気だって叩かれたこともあるし、ものすごく好かれたり、とても嫌われたりということもあります。それでも理想を持ち語ろうと思います。だってそもそも理想がなければそこにも行けないはずだし。だって今、力がある人だって力が無かったはずだし。

さわやかな文章を書きたかったのだけれど、どうしても自分の中のとげが隠せない話になってしまいました。この話、20代がするならいいんだけど30過ぎるととたんに痛々しさが増すなあ。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
2
活字中毒。最近読むのはマンガばかり。明るく、楽しく、誰かに寄り添う物語に惹かれます。 文房具と美術館とライブと映画とハーブティーが好き。人に伝えるための文章を書いています。 夢は余生で小さな美術館をひらくこと。棺桶に入れたい1冊はやっぱり『星の王子さま』。