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ほのぼのエッセイ第10回 ドンキーコング64について

幼稚園年長のころ、ニンテンドー64がうちに来た。兄の誕生日プレゼントかなんかだったと思う。貧乏家庭で、ブックオフで買った中古のゲームボーイのポケモン緑版(当時はもう既に金銀、クリスタルが発売され僕の周りはみんなゲームボーイカラーを持っていた)をずっとやっていたい僕からするととても嬉しかった。中古のポケモンは、基本的にセーブデータが前所有者のものが引き継がれており、ケンタとかユウスケみたいな名前のやつが電源をつけるといて、最後にしかたどり着けない隠しスポットハナダのどうくつではじまり、パーティーを見ると殿堂入りも何回もした歴戦のレベル70くらいのリザードンやギャラドスやミューツーが雁首をそろえて待っているのだ。つけた瞬間ネタバレ、冒険の楽しみもへったくれもなかった。僕は、人の手垢がついたような、だけど強いポケモンたちを諦めて、思い切って「最初からはじめる」のボタンを押す。オーキド博士の「ポケモンとは?ポケットモンスターのことじゃ」みたいな口上がはじまり、たりらりらーんと冒険がはじまる。「俺は何もしらない、俺は何も知らない」と自分に言い聞かせながらプレイをはじめる。しかし、最初の草むらで出てくるレベル5のコラッタには、さっきのポケモンとは見劣りしたしょぼさを感じたのは事実であった。

 だから、ゲームを最初の新品から始められるというのはとても嬉しいことであった。兄とよく幼稚園のあと(兄は小2になっていた)マリオカートやスマブラに興じていたものだった。

 そして、ロールプレイングゲームもよく二人でやっていた、スーパーマリオ64などはその典型で、兄がプレイしているのを横で弟が「あっこに赤コインあるやん」とか言う。兄からしたら当然いい気はしない。弟は技術も全くないくせに偉そうに指示だけ出し、カールをぼりぼり食べたりしてしる。現場をしらないブルジョワ社長みたいなもんである。しかも年下の。兄は僕が興奮して「あそこにコインあるやん!見えへんの?」とか言うと「もうええ」と時々拗ねた。「もうええわ、お前やれや」とコンローラーを渡してきた。裏にどうせでけへんやろ、という意を込めていることを重々わかっていた僕は、意地でもやってやろうとカールやカラムーチョでぬたぬたになった手でコントローラーを握った。当然、兄のような技術はなかった。マリオはマグマに突っ込み焼け焦げたり、巨大アナゴに食われて絶命したりを繰り返した。マリオはいつの間にかいくつもあった交換可能な命が全てなくなり、クッパのぬっはっはっはっはという笑い声がテレビから響きわたっていた。「ほらな」と兄はドヤ顔でいった。僕のコントローラーを奪い、「お前のせいで手ェ汚れるやんけ」と嫌味を言っていた。

 しかし、ここで僕はへこたれなかった。辻元清美のようなマインドをもっていた。僕はもうこれはこの際、自分の技術のなさ、ゲームの能力のなさを認め、サポート役に徹し、それを完璧にこなせば、「お、こいつやるやんけ」と小馬鹿にされず、逆に沈着冷静で気の利いたやつという評価をもらえるかもしれないと幼稚園児ながら思ったのである。

 何をしたか、それはリサーチであった。その時、兄と僕はドンキーコング64にハマっていた。(ゲームのハマりには周期があった)DKアイランドという島を、キングクルールというでかいワニみたいなやつに乗っ取られかけているゴリラとかサルとか5名が立ち上がり、島を守るためにステージを攻略し、敵と戦うみたいなゲームであった。兄と僕は(ほとんど兄だが)数々の試練を乗り越え、ボスをなんとか薙ぎ倒し、クリスタルどうくつという最後のステージから3番目くらいのところまでやってきた。そこで兄は一旦攻略の間をとっているようであった。クリスタルどうくつでは、原因不明の揺れがよく起きた。それは、多分中ボス的な敵がどこかで揺らしているのだろうが。しかし、その原因がなかなかつかめず兄は苦労していた。

 ここで、僕の出番だと思った。幼稚園なので帰宅が早い僕が、兄より先にステージを見ておくことで、冒険を円滑に、スムーズに、ストレスレスに進めることができるのではないかと考えた。当然、ボスを倒したりする実力はない僕だったが、ステージを歩き回るくらいのことはできた。コインやバナナの位置、設計図を持っている敵の位置などを把握した。うっかり先に進んでしまってゴールデンバナナ(マリオで言うスターのようなもの)をとってしまったら、「何勝手にやってんねん」と逆に怒られかねない。僕は、兄が帰る30分前くらいにはゲームの電源を消すようにした。痕跡を残さないために、データセーブもしなかった。

 兄が帰ってくると、ふたりでのドンキーコングが始まった。「あの、岩の裏にバナナあるかもな」とか「このツタ渡っていくとコインあるかもな」と僕は兄の耳にそれとなく流しいれる。半信半疑でその通りすると、ある、バナナが、コインが。「おお、ほんまや」と兄は興奮する。なんでわかるの?と聞かれてもないのに、僕は「いやーなんでやろなーなんかあると思ってんなー」と一人で言っていた。でも、兄も手こずっていたステージがどんどん進んでいって、楽しそうだった。これで、僕も役立たずじゃなくなるかもしれない。そう思っていた。が、それは一瞬の淡い夢であった。

 ある日、兄が友達を連れてきた。「結構ドンキー進んでんねん」と自慢しながら、64の電源をつけた。僕も、サポート役として仕事をこなしている自負で鼻が高かった。電源をつけて、「OK!」というドンキーのドスの効いたコール、なんかヒップホップな感じで踊り狂うDKクルーたち、そしてタイトル画面へ!とはならなかった。

 突然、でかいワニの形をした軍艦がゴリラの顔の形をする島に突撃する映像が流れてきた。キングクルールがワインっぽいものを飲みながら、出っぱった腹を反りに反ってぬあっはっはっはっはと笑っていた。ゲームのはじまりになぜか戻っていた。

 僕は、本能的に隣の部屋に隠れた。兄が、「あれ」とか「おい」とか言いながらパッチパッチ電源を入り切りしている。そして、「おい、慎平」と冷静に呼んできた。僕はとなりの部屋から体を出した。兄が「お前いらんことせーへんかったけ?」と聞いてきた。「いやー帰ってくる前にちょっとやったけど」と言った。兄は完全に疑っていた。僕のことを疑り深い目でじっとみつめ続けた。僕はそれに負けた。「いや、データのセーブはあんませんかったかもしれん」と言った。兄はブチギレた。「絶対それやんけ!」、腹を何発か殴られた。その時の鈍痛、みぞおちがめり込む感じ、胃から何かが迫り上がる感じを覚えている。僕はえづきながら膝をついて、「オッホ、オッホ、ボベンナザイ」と謝った。「いらんことしやがって、ボケがっ!」と兄貴は吐き捨てた。兄の友達の気まずそうな表情。画面の向こうでは、キングクルールの手下である雑魚の敵たちが回し車で走らされるなど、前時代的で苛烈な奴隷労働に従事させられていた。そいつらを見ていると、同情で涙が止まらなかった。僕は、母の化粧台の下に体育座りで入り込み、後悔と同情と恐怖と痛みで涙が止まらなかった、泣きじゃくるしかなかった。



 あの時、なぜデータはなくなったのだろうか?ほんとにセーブしなかったからだろうか。でも確かに兄はドンキーコングをやる時、毎回丁寧にデータをセーブし、タイトル画面に戻って電源を消していた。どういう仕組みかわからないが、僕がセーブをせず消しはじめてからデータは消えたのだ。兄が僕に原因を求めるのも無理はない。後悔するならば、セーブしなかったことより、リサーチをしてますという報告、連絡、相談をしなかったことだ。ちゃんと怖がらず、かっこつけず兄と相談していれば、セーブも認められ無用なトラブルも起きなかったかもしれない。

 大人になって新卒の会社を辞めたとき、ロールプレイングゲームには随分お世話になった。特にゲームキューブをやりこんで、スーパーマリオサンシャイン、ゼルダの伝説~風のタクト~、ピクミン、ピクミン2を日長1日中半年くらいやり続け、全クリアした。

 その時、クリアを達成した喜びと、その後束の間で訪れる時間を無駄にした虚しさに。「やっぱ冒険は一人でやるもんだな」と思った。自分の力でできるだけ切り拓くものなのだなと、その時思った。

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