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【エンタープライズセールスの達人 Box Japan佐藤範之氏に訊く】     「THE MODELの次にSaaSセールスがやるべきこと」

ハードシングスを乗り越えた経営者をお招きし、オープンコミュニケーションでカジュアルな座談会を行うEightRoadsの「Fireside Chat シリーズ」。今回始まった新シリーズのトークテーマは「達人に訊く!」。その道を極めたスペシャリストだけが知る、ビジネスの極意を聞きます。

今回、ゲストにお呼びしたのは Box Japan の佐藤範之氏です。セールスフォース・ドットコムをはじめとするSaaSプロダクトのスケールに関わり、Box Japanには立ち上げ期からジョインしていました。聞き手は、Eight Roads Ventures Japanでパートナーを務める村田純一です。

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〔プロフィール〕

株式会社Box Japan 上席執行役員 エンタープライズ営業本部長
佐藤範之氏

1996年、富士通株式会社に営業として入社。その後、サン・マイクロシステムズへ転じて同じく営業を担当する。そしてセールスフォース・ドットコムをはじめ、サクセスファクターズ、BoxというSaaSベンダー3社で、立ち上げフェーズを含めた経験を豊富に持つ。各社において様々な業界の顧客に対するサービスの全社導入を支援し、日本企業・組織のクラウドシフトをサポートしてきた。2014年6月より現職。

Eight Roads Ventures Japan パートナー
村田純一

ウォルト・ディズニー社のデジタル部門のマネジメントチームメンバーを経て現職。同社のインターネット事業全般の中長期戦略立案の主担当を務める。 2013年Eight Roads Ventures (旧Fidelity Growth Partners)入社。世界有数の機関投資家のVC部門のメンバーとして、シリーズBおよびC以降の大型ラウンドを中心に、リードインベスターとして13社の投資を担当。B2B/SaaSおよびメディア分野を中心に、多数の会社の社外取締役ならびにボードオブザーバーを務める。 主な投資担当先はB2B/SaaS分野では、プレイド(IPO)、 ヤプリ(IPO)、 トレタ(Exited)、Openlogi、Wovn、Aperza、HR Brain, Kaizen Platform (IPO) 、メディア/その他分野では、Retty 、Port、 Pathee、WHILL等。リードならびに準リード投資家としての数多くのIPO実績を誇る。事業会社での戦略構築/事業開発の経験を活かし、会社目線に立ったグロースステージの事業成長に従事。

モデレーター
Eight Roads Ventures Japan バイスプレジデント
大内陽介


誰も知らない「エンタープライズセールスの本質」とは

── 昨今の営業においてエンタープライズセールスは大きなテーマの一つとなっています。にもかかわらず、そのノウハウはほとんど表になっていません。SaaSセールスの最前線におけるエンタープライズセールスの、リアルなお話をお伺いできますでしょうか。

佐藤 ありがとうございます。まず当社の営業組織のご紹介をさせていただきます。Box Japanは今8期目を迎えまして、立ち上げ期からエンタープライズ企業の顧客を開拓するところから、組織づくりまで見てきました。営業先としては、事業部(LOB:Line of Business)、経営企画、IT部門など多様な部署へ訪問してきました。

Box Japanは現在社員数160名です。日本国内の取引客は約1万社に上ります。営業組織としては、従業員数500名までの企業を担当するSMBチーム、従業員500~2000名までのミッドマーケットのチーム、そして従業員2000名以上のエンタープライズ企業を担当するチームと3つの組織で日本のマーケットをカバーしています。

── ではまず「BtoBセールスの本質」という重要かつ大きなテーマからお話を伺えますでしょうか。

佐藤 はい。私が思うところのBtoBセールスの本質は、特定のインダストリーの、特定のアカウントのお客さまに対し短期間かつ案件規模を大きくクローズを仕掛けにいくところにあると考えています。

私がBox Japanにジョインした2014年当時、従業員はまだ10人ほど、そのうちエンタープライズセールスが2人、SMBセールスが1人という状態でした。

アメリカの本社からは年間目標額が言い渡されていたため、少額の売上を積み上げている余裕はありません。意識していたのは、より大きな取引を狙いにいくことでした。そこで立てたのが、エンタープライズ企業の中でもイノベーターやアーリーアダプターに相当するCIO(最高情報責任者)を狙い撃ちにする戦略です。

というのもBoxという商材はそれほど安くありません。それに見合うだけのコストをかけていただき、かつ、素早く決裁できるCIOへのセールスへ特化したのが、最初の1~2年でした。

最初の頃は、「営業をしないインダストリー」を決めることも重要でしたね。インダストリーによっては、商品特性と顧客課題がマッチしにくいケースもあります。そこを事業特性や外部とのコラボレーションの多さ、セキュリティへの投資額の多さなど基準を設け、アプローチ先を決めていました。

「売る」と「売れる」の決定的な違いとは

村田 僕は「売る(売り込む)」という状態と、「売れる(売れている)」という状態は違うと思っています。起業家からよく相談されるのが「競合と比べて、こんなに機能もサービスも良いのになんで売れないんでしょう?」ということです。

投資家目線では、「いや、お客さまはそんなん興味ないから」と思ってしまうんです。「売る」という状態のままだと、どうしても魅力をアピールしがちになってしまいますが、「売れる」状態になるということはいかに自然にお客さまの関心事になるかということになります。

でも、セールスの本質とは、いかにお客さまの関心の対象として俎上に上げてもらい、「売れる」状態にもっていくかということ。さらに言えば、目の前にいる担当者が、このサービスを導入することで社内から感謝される様子を解像度高くイメージできていることが重要なのではないでしょうか。シリーズB、シリーズCのフェーズに入ってきたスタートアップ企業では、この点が大きな事業課題として浮き彫りになるケースが多いんです。

そういうとき起業家によく言うのは「目の前の担当者をスターにできていますか?」ということ。BtoCのプロダクトなら企業側が予期せぬ使い方をされることもありアンコントローラブルな要素が多いと思うのですが、当社が支援しているようなBtoB SaaSプロダクトの場合、目の前で相対している人は「企業内にはその業務をうまく回すためのオペレーションが走っていて、そのオペレーションを円滑に遂行する担当者である」ということを忘れてはいけません。

意思決定者や決済者はもちろん別にいるかも知れませんが、実際に業務を回しているのは目の前にいる担当者です。この担当者が自社のサービスを導入したことで社内からクレームを受ける可能性もあるし、逆にオペレーションが円滑になれば「導入してくれてありがとう」と社内でスターになる可能性もある。

目の前にいる担当者が、このサービスを導入することで社内から感謝される様子を解像度高くイメージできていることが重要なのではないかと思っています。逆にいえば、そういうことがイメージできていれば、売り込んだり、押し売りしたりすることなく、自然と売れる状態になっているのだと思います。

実際の使い手が本当にハッピーになっていて、昇進する状態をつくることがBtoBセールスの本質なんじゃないかと思います。

この点について、佐藤さんはどう思いますか?
佐藤
非常に重要な観点だと思います。Box Japanでも2~3年前にチャーン(解約)が増えて伸び悩んだことがありました。そのとき、チャーンした顧客について徹底的に精査したところ、そもそも売り方が良くなかったということがわかったんです。

勢いで売れてしまったり、機能面での競合と比較で売ったけれども次の更新タイミングで優位性がそれほどなくなったりしていたケースでした。顧客のペインを正しく理解し、複数の業務課題を解決しているディールは強い。その後のアップセルにもつながっているし、チャーンリスクも起きません。

逆にBoxのファンになってくれた顧客は「検討して悩んでいる営業先があるなら、自分のところに連れて来い」と言ってくれるくらいです。あるお客様においては、当社のファンだからということですでに10回以上のリファレンスコールを引き受けてくださっています。

これは何もBoxだからというわけではなく、立ち上げ当初のスタートアップでも有効な手段です。エンタープライズ企業のCIOクラスは、日本企業全体を応援したいという意思をお持ちの方が多い。そこで「日本の若手経営者を応援する気持ちで、サポートしてもらえませんか」と頼むとほとんどのケースでは他社へのリファレンスをOKしてくれます。

MRRを上げるときに「THE MODEL」が突き当たる壁

── 2019年からその考え方が浸透してきた「THE MODEL」ですが、うまくワークするケースと、そうでないケースがあるように見受けられます。「THE MODEL」の強みと限界についてお教えいただけますか?

佐藤 セールスフォース・ドットコムの福田(康隆)さんは、私が入社した2008年1月当時、すでに書籍『THE MODEL』に書かれていることを、日々実践していました。

福田さんのチームはSMB/MM領域を担当。インバウンドで有効なリードを多数獲得して、インサイドセールスがアポイントを取り、フィールドセールスがクロージングしていくビジネスモデルでした。このやり方は事前予測との誤差が少なく、数字が読みやすい。売上が立てやすいという特徴がありました。

一方、私たちエンタープライズセールスは、「THE MODEL」とは異なる営業活動をしていましたね。「君の今年の目標はいくらだ?」と聞かれて「2億円です」と答えると、上長から「今すぐ、10億円分の商談を入れろ!」と言われる状態だったんです。

インダストリーごとの顧客リストを自分たちでセグメントし、どの企業の・誰に会いたいのかリストアップする。そしてアウトバウンドのインサイドセールスと連携してアポイントを取っているというやり方でした。このやり方は「THE MODEL」とは別世界で、同じ社内にいながら、全く違うスポーツをしているような感覚だったんです。

立ち上げたばかりのSaaSスタートアップの場合、最初のフェーズは「THE MODEL」ベースでSMB領域を攻めにいくことをおすすめします。SMB領域で確実に数字を積み上げながら、顧客の声を製品開発に落とし込んでいく。このやり方が正しいと私も思います。

しかし、あるフェーズから「THE MODEL」だけでは上手く事業がスケールしなくなっていきます。それは、達成すべき数字がより大きくなっていくときです。ここで従来通りのKPIを追うべくインバウンドで大量のリードをとり、大量のアポイントを取ろうとすると限界がきます。リードの質も悪くなってくるし、フィールドセールスが商談数を捌ききれなくなるのです。

そこでエンタープライズ営業という「別のスポーツ」に切り替えようと戦略を転換できれば、さらに事業をスケールさせられるのではないかと思います。

村田  そもそも「THE MODEL」は素晴らしいフレームワークです。営業について話すとき、立ち上げて間もないスタートアップ企業とも共通言語、共通の数値で会話できるのは「THE MODEL」のおかげだと思っています。

しかしそれだけだと限界が来るときがあるんですよね。それまで20社で200万円のMRRをつくってきた企業が、500万円のMRRを獲得しようと目指したとき、50社でMRRを達成しようとしてもうまくいかない。

MRRが500万円規模の顧客に巡り合った際、「たまに受注できる」企業と、「コンスタントにMRR500万円の受注ができる」企業とでは、SaaSビジネスをスケールさせるときに大きな差がつくんですよ。

その状況を打開する1つの手が、エンタープライズ営業です。事業フェーズが変わる時に、エンタープライズのクライアントを獲りにいかなければならない。けれど、エンタープライズ企業の受注をインバウンドで獲得するのは難しい。そこで何をどうするのか真剣に考える。それまでの「THE MODEL」のやり方とは違う技、違う筋肉を使ってエンタープライズを攻めに行く必要があります。そのとき「THE MODEL」とは違うステージへいかなければならないと思っています。


エンタープライズセールスを形式知にするために必要なこと

── エンタープライズセールスを「THE MODEL」のような再現性のある形にするのは難しいように思えます。エンタープライズセールスをどのように型化すればよいのでしょうか。

佐藤 Box Japanの中ではすでにかなり型化できてきていると思っています。フレームワーク化するために、売れている営業パーソンたちとよく集まってディスカッションしていますし、売れた要因を因数分解して、独自の勝ちパターンを導き出してもいます。

アポイントの取り方も、商談設計も、クロージングの手法もすべてすでにフレームワーク化できています。
Boxでは「マネージャーテコ入れ」モデルと言っているのですが、マネージャーがチームの売上にフルコミットし、メンバーの商談に深く入っていきます。場合によっては、マネージャーが売上に一番コミットしているんじゃないかということもあるくらいです。


〔Q&Aセッション〕

Q1.決裁者(キーパーソン)をどのように特定し、どうアポイントを獲るのですか?

佐藤 エンタープライズ企業の場合は上場しているケースが多いので、キーパーソンが公開情報として公になっていることが多々あります。Box Japanの場合は、CIO、CDOあるいは、情報関連の子会社の社長といった情報をもとに決裁者を特定しています。

もう1つは仲間うちでのチーティングですね。他社のSaaSサービスページにアプローチ中の企業ロゴが導入企業として掲出してあることってありますよね。その際、シンプルに周りの仲間に聞きます。「誰がキーパーソンなの?」と。

それからファンになってくださったお客さまに「この会社の、この方を紹介していただけませんか?」とお願いする場合もあります。これはSMBよりエンタープライズ企業の方がやりやすいはずです。

アポイントのとり方としては、代表電話にかけたり、メールアドレスを推測して最初の5行に魂を込めたりと様々なやり方をしています。相手が役員クラスの場合、秘書の方へ電話をして「弊社の執行役員の佐藤が/弊社代表の古市が業界でも著名な~様と意見交換をしたいと申しております」と「営業ではありません、視座の高い会話をしませんか」とアプローチすることもあります。これは結構な確率でアポイントが獲れますね。

Q2.Box Japanではインサイドセールスはどのような位置付けなんですか?

佐藤 セールスフォース・ドットコムの場合、インサイドセールスはキャリアのファーストステップで、そこからフィールドセールスへとプロモーションしていました。しかしBox Japanでは、インサイドセールスのチームは電話営業のプロフェッショナルとしてその道を極めていくスタイルをとっています。

Q3.報酬設計はどのようにデザインしていますか?

佐藤 最初の頃、個人の報酬はBox Japan全体の業績やそれぞれのチームの業績と連動させていました。しかしセールス体制が整ってきて、成果が上がってきたら徐々に組織やチームとの連動は辞め、個々人の業績の比重を増やすようになりました。狙いと目的によって、報酬設計はフレキシブルに変えるべきだと考えています。


■ Eight Roads Ventures Japan

Eight Roads Venturesは大手資産運用会社のフィデリティの資金を基に投資を行うベンチャーキャピタルファンドです。ヘルスケア領域を含む革新的技術や高い成長が見込まれる企業へ、米国、欧州、アジア、イスラエルとグローバルに投資活動を行っています。業界に対する知見とグローバルなネットワークを最大限に活用し、投資先に対してハンズオンで経営を支援し続けています。
URL: https://eightroads.com/en/
Facebook Page: https://www.facebook.com/eightroadsventuresjapan

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