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ケイマン・スキームを利用した日米の投資家向けヘッジ・ファンド組成の指南

はじめに

 東京都は国際金融センター東京の実現に向けてさまざまなプロジェクトを推進しており、将来の東京市場の活性化に寄与する資産運用業者を増やすことを目的とし、独立系の資産運用業者の開業を支援している 1
 ファンドの準拠法としては、圧倒的にケイマン籍が多く、新興のファンド・マネージャーにとってもケイマン・スキームを使うことが第一の選択肢としてあげられる。
 そこで、本稿では、大手オフショア系法律事務所のパートナー弁護士である筆者が、ケイマン・スキームを利用した日米投資家向けのヘッジ・ファンド組成について概説する 2

ゴールデン・スタンダードたるケイマン籍ファンド

 ケイマンは主たる投資ファンドの法域として、世界各国のファンド・マネージャーおよび投資家に好まれている。ケイマンがファンドにおいて際立った存在感を有していることについては、たとえば下記の理由があげられる。

租税中立性

 ケイマンは非課税であり、ケイマン・エンティティにはいかなる課税(法人税、キャピタルゲイン税、所得税、源泉徴収税、資産税および相続税等)もなされない。
 これにより、ケイマン・ビークルを利用することで生じる追加的な課税は一切ない。

コモンローをベースによりビジネス・フレンドリーに発展

 ケイマン法はグローバル・スタンダードである英国コモンローを基礎としつつ、より柔軟な対応を可能としている。

(1)より柔軟なストラテジーの選択が可能

 たとえば、アセット・タイプについて制限がなく、円建て・外貨建てのいずれでもファンド持分 3 を保持でき、余剰利益のみならず、持分額から利益配当する、いわゆるたこ足配当ができる。これにより、毎月分配型のファンド、為替オーバーレイやカバードコール戦略をとるファンド等の設定ができる。

(2)スピード感

 投資ビークルの設立自体は1−2営業日で可能である。規制当局であるケイマン金融庁(Cayman Islands Monetary Authority、以下「CIMA」という。)へのファンドの登録も数週間で完了する。

(3)先端的な規制フレームワーク

 ケイマンは早期に強固なKYC(Know Your Client)、AML(Anti-Money Laundering)の立法・施行を行い、グローバルで採択されているFATCA(Foreign Account Tax Compliance Act)、CRS(Common Reporting Standard)にも参加し、OECDやEUの要請にも協調的であり、可能な限りOECD/EUスタンダードの法体制に合わせようとしている。
 これにより、(特に機関)投資家は自身のステークホルダーに対してケイマンを利用することを正当化しやすい。

(4)「ケイマン」というブランド

 ケイマンは主たる国際金融センターとしての地位を築き、オフショアのゴールデン・スタンダードであることから、ケイマン・スキームはファンド・マネージャー/投資家の共通認識となっている。ファンド・マネージャーは投資家に対して「なぜケイマンか?」を説明するという追加的な負担を負わない。

(5)適切な紛争処理機関および高度人材のプールが豊富

 紛争は、非常に経験豊富かつ洗練された裁判官(多くは英国本国にて高等法院以上の裁判所判事を経験)により審理され、本国ロンドンの枢密院が終審裁判所となり、本国と同水準レベルで紛争処理がなされることを期待できる。
 著名なケイマン法を取り扱う法律事務所は、主に香港・シンガポールオフィスを通じて、アジア・タイムゾーンのクライアントにタイムリーにサービスを提供している。所属弁護士は、多くが英国マジックサークル等の一流ファームからリクルートされたコモンウェルス圏 4 の有資格者であり、英語のみならず流ちょうなアジア言語にて対応可能な者も多い 5
 主要な会計事務所はケイマンオフィスを持ち、アジア主要都市のオフィスと協力して税務、監査等のサービスを提供している。

投資ビークルおよび基本的なストラクチャー

ケイマンにて利用可能な投資ビークルの種類

 ケイマン・ビークルとしては、以下のような種類がある 6

  • 免除会社(Exempted Company)

  • 免除リミテッド・パートナーシップ(Exempted Limited Partnership: ELP)

  • 分離ポートフォリオ会社(Segregated Portfolio Company: SPC)

  • LLC(Limited Liability Company)

  • ユニット・トラスト(Unit Trust)

 世界的な潮流としては、オープンエンド型のヘッジ・ファンドについては、免除会社が主要な投資ビークルとして選択される 7。他方で、日本では後述の理由からユニット・トラストが最も人気を博している 8
 そこで、本稿では、免除会社およびユニット・トラストについて解説する。

免除会社およびユニット・トラスト

(1)免除会社

 ケイマン会社法は英国会社法を基礎とし、その性質は世界各国で設立されるいわゆる “(株式)会社” に類似しているが、さまざまな面で他法域の会社に比して柔軟な制度設計が認められる。
 免除会社のステータスを有する会社については、取締役をケイマン居住者に限定する、年次取締役会/株主総会をケイマン領域内で開催しなければならないといったローカル要件はなく、ファンド・マネージャーが自身の居住地から操作することが容易である。
 投資ビークルたる免除会社は議決権を有するマネジメント株式(Management Share)とこれを有さない参加株式(Participating Share)を発行し、投資家は参加型株式を取得することになる 9

(2)ユニット・トラスト

 ユニット・トラストは、1925年英国信託法を実質的に基礎とするケイマン信託法 10 に基づく。そのコンセプトは、投資家が、信託証書(Trust Deed)に基づき、ユニット・ホルダー(Unitholder)としてその資金を信託の形態で受託者(Trustee)に出資してプールし、その対価として出資額に応じたユニットが発行され、利益分配 11 に預かるものである。
 ユニット・トラストが特に日本のファンド・マネージャーおよび投資家に好まれるのは、歴史的に用いられてきた、日本の投資信託との類似性がある、会計上や税務上のメリットがある、といった理由があげられる。
 いわゆるアンブレラ型ユニット・トラストが一般的であり、これは各サブ・トラストに共通する部分をくくりだした信託証書の「ひな形」としてマスター・トラストを作成し、これを各サブ・トラスト設立の際に貼り付けることでドラフティングの手間・時間を省略できるものである 12

日米の投資家へ同時に訴求するマスター・フィーダーストラクチャー

 日本の投資家をターゲットとする場合、投資家資金を吸収する投資ビークルはユニット・トラストを用いるのが第一選択肢となろう。他方で、ユニット・トラストは米国をはじめ他国の投資家に対しては決して一般的であるとはいえず、米国投資家への訴求には向かない。また、米国投資家については、米国税務および規制法上の要請から、一般的には米国エンティティへ直接投資する必要が生じ、多くの場合はデラウェア州準拠のLLCやリミテッド・パートナーシップが投資ビークルとして選択される 13。これに対し、日本の投資家は、不必要に米国税務、法務または規制の問題に引き込まれないよう、米国投資家と同一の投資ビークルへ投資することは控えたい。

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