流れ藻 15. 地獄のとき 〜十人目の死者〜
流れ藻 15. 地獄のとき 〜十人目の死者〜
続いて山本夫人が、原因不明の熱病となった。この人は、ついこの春頃、花嫁として内地から渡満してきた人だった。
「十二人目の見合いの相手です」
と山本氏が挨拶に連れてこられた人だった。
この若妻は苦しい息の下で、
「 山本が来るまで生きてます
きっと山本がまいります」
とひたすら夫を待ちわびて病んでいた。
この希(ねが)いに手繰り寄せられる様に、チチハルから男子の多い一団がハルピンへ流入したとの噂をきき、調べると、その中に山本氏が居るらしいので、探す人、知らせる人が 飛んだが、妻の病を知った山本氏は訪れようとしなかった。
不審に思ったら、逃げてくる途中、知り合った女を連れて いるので、来る意志がないのを知った。
一方、病人はいよいよ重く、
「山本が来るまで」
を 繰り返し、
「きっとまいります」
と哀れをつぶやいた。そして臨終となり、儚くなってしまった。
引きずられて死の枕頭にひきすえられた山本氏は、ただ 木の根っこの様に座っているだけだった。
その男からは哀しみの泪も悔いも見つけることは出来なかった。
あのたった四十日の花嫁よりも、辛酸の波を共にくぐり逃げた数カ月の女で占められてでもいるかの様に。
十人目の若い女の人が死す。
(16.「地獄のとき 〜販(ひさ)ぎ歩く日々〜」に続く)