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ワイン用ぶどうの苗木の形は病気を克服した証でした

突然ですが、ぶどうは植えてからどのくらいでワインになると思いますか。
植えてから実がなり始めるのが3年目、本格的に収穫できるようになるのはそれ以降。その後、ワインにして1年。だいたい最低でも5年はかかります。ワイン造りは、とてもとても息の長い取組です。

ワイン造りの中で、3月から4月上旬にかけての季節は新たに苗木を植え付ける時期。新型ウイルス「コロナ」の影響でいろいろなことが中止や延期になる中で、自然の恵みをいただき、自然の営みのサイクルで進むワイン造りは、止めるわけにはいかない業務ばかりです。ひたすら穴を掘り、一日に何百本と植付をしていく植付の仕事は本当に過酷で重労働。でも、将来のワイン造りに向けてのスタートとなる、本当に大事な仕事。

前置きが長くなりましたが、いつもパソコンとにらめっこしている私の仕事は、この畑がすべての源。最近、テレワーク比率が上がり、現場からも遠ざかっていましたが、3月上旬の土曜日の休日、社内の有志を募り、これ以上後回しにできない植付をサポートするチームの活動があり、参加してきました。仕事としてではなく、休日を使ってこの活動に参加してくれる会社の仲間たちと一緒に。

◆さて、苗木を植えよう。
当日植えたのは、日本固有の品種「甲州」の苗木たち。約20人で600本がこの日の目標。一人30本。たいしたことないと思いきや、ブドウの苗木は思った以上に立派で、かつ途中で枝が曲がっていて、土に埋めるまで独り立ちができない不安定な形。だから、ひとりで苗木を植えるのは難しく、一人が深く広く穴を掘って、その穴にもう一人が苗木を入れ土をかぶせる、という作業を繰り返していきます。

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◆ワイン用ぶどうの苗は2つの木をつないでつくられる
世界で使われているワイン用ぶどうの苗木のほとんどは、接木苗と言われる苗で、二つの木をつないで作られます。根となる部分を台木といい、丈夫で病気に強い品種を使います。そして、収穫したい品種、つまり将来、房を実らせたい品種の木を穂木と言い、今回で言えば「甲州」です。(下記写真は、山梨県登美の丘ワイナリーで撮影した「甲州」の房です)

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◆なぜそんなことをするの?
ワイン用ぶどうの品種は、病気や害虫に弱いものが多いので、気象や土壌に対する適応性が良くて、根も頑丈に育ちやすい品種を使った台木を土台にして育てることにより、寿命を長く、かつ安定した品質を保つことが可能になるからです。先人たちが開発した、とてもサステイナブルな技術です。
(下の写真で○をつけたところを境に、下半分が台木、上半分が穂木です)

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◆きっかけは「フィロキセラ」
みなさん、フィロキセラをご存知でしょうか。ワインを勉強されたことがある方にとっては有名な名前ですが、そうでない方にとっては???なこの名前。和名は葡萄根油虫(ブドウネアブラムシ)。ぶどうの樹の根っこに寄生し、ぶどうの樹液を吸うことで根にコブができ、最終的には樹を腐らせてしまうのです。

◆恐るべき害虫はフランスからヨーロッパ全土、そして世界へ
19世紀に入り、国境を超えた世界での貿易が活発になると、より安く、より効率的にワインをつくろうと、アメリカのぶどうの苗木をフランスに持ち込んで、自分のぶどう畑に植えた生産者がいました。
すると、あっという間にぶどうが枯れてしまい、畑が壊滅状態になってしまいました。そうです。アメリカから持ち込んだ苗木にフィロキセラが付着していたのです。この「フィロキセラ」の被害が最初に確認されたのが1863年。ワインの歴史では、絶対に忘れることのできない重要な出来事です。

被害は瞬く間に広がり、10年間でフランス全土に広がっていき、フランスのワイン産業は壊滅の危機に。その後、仕事を失ったボルドーの生産者が周辺諸国に移ったことで、移住先のスペインやイタリア、ポルトガルなど、フィロキセラはヨーロッパ全土に広がってしまいました。これは、ワイン産業が当時からグローバル化が進んでいたからこそ起きたことかもしれません。

◆フィロキセラに打ち勝つ方法は?
その当時の専門家や生産者には、「フィロキセラに強い、アメリカ系種のぶどうでワインを作るしかない」との意見も当然ありました。でも、長い歴史を持ち、王族や著名人たちに愛された、繊細で美味しいワインを生み出すぶどうは、ヨーロッパ種であるヴィティス・ヴィニフェラ種でなければ難しい。当時の人々は、どうしたものかと皆で頭を悩ませました。その結果、生み出されたのが「接木」という技術なのです。

フィロキセラはぶどうの樹の「根」に寄生します。ということは、根の部分だけ、耐性のあるアメリカ系種にして、実を付ける上半分だけをヨーロッパ系種にしてみれば、克服できるはず! となったわけです。

今、世界中で美味しいワインを生み出す葡萄の樹のほとんどが、実は下半分と上半分で異なるぶどうの樹からできているということは、あまり知られていない事実ですよね。フィロキセラによる病気(ウイルス)が、当時のワイン産業に、絶滅の危機となるくらいの大変な試練を与えたこと。結果、接木の技術が生まれ、その後、偉大なワインが生まれて、世界中でワイン産業が出来上がったと考えると、不思議なものですよね。

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苗木の植え付けをする際に、接木の部分を一つ一つチェックをして、穂木が斜面に向かって伸びる方向で植える。一見、単純に思えた作業も、そんな過去の歴史を思い出しながら植えていたら、先人たちの未来へ託す想いを感じ、未来につなげるスタートとなる大事な仕事に思えてきます。やっぱり、仕事の一つ一つ、それが何のためにするのか、どんな意味があるのかがわかると、断然やる気がでてくるものです。

◆植え付けた苗木へ託した想い
この畑を担当している造り手が、雨の降る過酷な条件の中、長時間の植え付けの作業が終えた後に語ってくれたことが、とても印象的でした。

「(畑の眼下に見える橋を指して)向こうに見える橋。あそこで毎年夏に花火が上がるんですよ。5年後10年後、このぶどうの樹たちがしっかりと育って、美味しいブドウが取れるようになって。今日手伝ってくれた仲間と、その畑でバーベキューをやりながら、収穫したぶどうからつくられたワインを飲み、花火を見る。そんなことができたら、最高ですよね。」

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その笑顔は半端なく美しく。私はその表情を一生忘れないと思います。

ワインの魅力。それは、たくさんの人の力が集まり、おいしいワインができあがっていることを実感する時。改めてそう感じた一日でした。

そして、ウイルスに世界が悩まされている今、この経験を活かすも殺すも私達人間次第。ウイルスという危機を通じて見えること、こんな時だからこそやれること、後世につないでいく発見がある、と信じたいです。

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