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きっとそれは憧れではなかった。

ふわふわのパーマにダボダボの服。女の私より細いウエスト。かなり大きめのマフラーに顔を埋めて、ふにゃっと笑う。
そんなバイト先の先輩、Kさんと仲良くなったのはいつだったか。

最初はただの"面倒見の良い先輩"で。私が失敗した時とか困ってる時とか、すごく優しく教えてくれた。
バイト同士の仲はかなり良い職場で、みんなで飲んだり遊びに行ったりすることはしばしばあった。その中でもKさんとは、バイトの入り時間と終わる時間が被ることが多くて。2人ともバイト先から徒歩で帰れるところに住んでたこともあり、バイトが終わった後話しながら深夜散歩するのがいつの間にか恒例になっていた。

その中でもよく話したのが、私の住んでたアパートの近くにある、古着屋の店先のデッキみたいなところ。(名前がわからない)
そこに座って、深夜3時くらいまで話したりしていた。いろんなことを話したけど、基本的に私の悩んでることを、Kさんに聞いてもらって、その都度Kさんは的確な助言をくれた。誰にも言えない悩みも、なぜかKさんには話せたのだ。Kさんはいつも「よく悩むねぇ」と言いながら、話を聞いてくれていた。考え方とか頭の回転の速さとか、私にはないものをたくさん持っている人だった。私は、その深夜の時間がすごく好きだったのだ。

その時私は彼氏がいたけど、悩むことが多かったから、心のどこかで、Kさんを好きになりたいなぁ、とか、Kさんと付き合えたら幸せなのになぁ、なんて自分勝手なことを考えていた。
でもKさんにも彼女がいた。しかも長年付き合ってる彼女だ。付け入る隙なんてないと思った。
そっと、気持ちに蓋をした。

ある日、Kさんから話したいことがあると飲みに誘われた。

「彼女と別れた。」

Kさんからのまさかの報告だった。

「別れたのが1週間前。で、今、新しい彼女がいる。」

二重でびっくりである。
大学の後輩で、Kさんのことを好きになった人がいて、Kさんもその人のことを徐々に好きになっていって。その後輩に、今の彼女と別れて付き合ってほしい。と言われたそう。
新しい彼女は、他の女の子と遊んだりしてほしくないタイプで、Kさんもできるだけ心配をかけたくないと。

「だからこんな風に2人で飲んだり、いつもみたいに2人で深夜まで話したりするのは、もうなしかな。」

なんて勝手な人だ。と思った。

私はあの時間がとても好きだったのに。
私はKさんを好きになることを、必死に我慢してたっていうのに。
今思うと本当に自分勝手なエゴなのだが、その時は本当にそう思った。

それから、本当にKさんはバイト先の飲み会にもあまり参加しなくなり、バイトの時間が被っても、さっさと先に帰るようになった。
正直寂しかった。寂しくなる権利なんて、自分にはないはずなのに。

その話をつい、バイト先の他の先輩にぽろっと話してしまった。その先輩も確かに最近ノリ悪いよねーとかなんとか言っていて、余計 of 余計なお世話で、私がそんなことを言っていたとKさんに伝えてしまったのだ。

その日久しぶりに、バイトが終わって着替えが終わっても、Kさんが待ってくれていた。
また前のように、深夜散歩をしながら、Kさんが話し出す。

「なんか、悲しませてごめんね。」

「俺も深夜話してたのは楽しかったよ?でも彼女がね、家で待っててくれるから。俺が帰ってくるまでずっと起きてるんだよね。そしたらさ、早く帰ってあげないとな、って思うじゃん?だから、ごめんね。でもたまにはみんなで飲みに行ったりしよう。オールはできないけど。」

Kさんは、私に謝る筋合いなんてないのになぁ。すごく、申し訳ない気持ちになった。
今の彼女がそれだけ大切なんだなぁ、と改めて感じた。
私はまた、気持ちに蓋をした。

それからも、たまにバイト先のみんなで飲みに行ったりした。バイトを卒業してからも、社会人になってからも、Kさんとは飲み会で会う機会があった。

元バイト先のお店で飲んだ時は必ず、Kさんは私のアパートまで送ってくれた。懐かしいねーよく深夜まで2人で話したよねーとか言いながら。
でもアパートの下でゆっくり話すことはもうなかった。いつも一言二言話して、Kさんは帰って行った。

2人で深夜まで話すことはもう一生ないんだろうな。そう思って少し悲しいような懐かしいような気持ちになる。まるで、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子どものような気持ちに。

言葉では言い表せない不思議な関係だったけど。
たぶんあの時、私は恋をしていた。今更になって、そう思うのだった。

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