アマチュアのコンクールに、なぜお金を払うのか

全日本吹奏楽コンクール高等学校の部に行けなくなりました


10/23(日)に名古屋市でおこなわれる全日本吹奏楽コンクール高等学校の部の鑑賞チケットを手放しました。
全額は返ってこないけれど『リセール』の制度を利用してチケットを出品。わずか5分で売れました。

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同コンクール中学校・高等学校の部のチケットは抽選販売です。
なかなか当たらないと言われるチケットに当選したときは、本当にうれしかった。

コンクール開始時刻の関係で前泊必須のため、ホテルを探していた。
全国大会の音を聴けるためなら、なんだってやるぜ!

知り合いから
「アマチュアのコンクールに宿泊を伴ってチケット代を払って行くんだ」
と驚かれました。

中高6年間を吹奏楽にかけていたし、その後も吹奏楽がずっと好きな私にとっては、全国大会を聴きに行くことはごく自然なことです。
しかし、アマチュアバンドのコンクールになぜ行きたいのかをうまく説明できなかった。
知り合いもいない・名古屋市へ宿泊を伴ってまで、なぜコンクールへ足を運ぶのだろう。
そこには、何が待っているのだろうか。

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20年前の話


話はさかのぼること高3のとき。

わたしたちの学年は特別に演奏が上手な人がいなくて、後輩も含めいわゆる『パッとしないバンド』だった。

「今年はコンクールの結果を期待するのは無理じゃない?」や「市内大会で金賞取れたら良いくらいのレベル」などの評判でした。

前年までは全国予選(例えば、北海道大会や東海大会、関西大会などのことを意味します)に出場していたから、私たちの代で出場を途切れさせないプレッシャーやバンドの前評判を乗り越えたくて必死に練習していました。

盛夏の中で汗だくになりながら朝から晩まで、一つひとつの音を精度を上げていく。
目標があっても、パートのメンバー全員のモチベーションの維持が大変です。
市内大会を通過して県大会に出場。
緊張しながら会場で聞いた結果発表は金賞でした。

すべての出場団体の結果と聞き終わると、金賞受賞団体数と全国大会予選に推薦される団体数が同数でした。この時点て、わたしたちの学校が全国大会予選に出場が決まったのです。

そのとき、わたしはどうしたのか

推薦団体発表を待たずして、ほぼ次の大会へ出場が決まった瞬間は未だに胸が熱くなります。

うれしい!やった!がんばってよかった!

そんな気持ちが湧いてこなくて、ただただ涙を流していました。

涙を流したいという意識は全くなかった。
どのようなしんどい練習でも乗り越えてきたからこそ、努力が報われた数だけ自然に涙があふれてきたのだと思います。



なぜ、アマチュアのコンクールへ行きたいのか


わたしは吹奏楽が好き。
興味の対象が偶然そうであって、対象がスポーツだったり他の芸術だったり何でも良いんだ。

人の努力が報われる瞬間を、空席なくたくさんの人で見守りたい。
わたしはその1人になりたかった。

人を感動させたり、じぶんを感動させる。
並大抵の努力ではできないと知っているからこそ、その場に聴くことで応援したい。

コンクールは音楽を聴くためではなく、名も知らない出場者のたゆまぬ努力を応援するために足を運ぶのだと考えています。

そこにお金をかける私の価値観は周りには奇異にうつっても、大切にしたい。

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