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じいちゃん、ありがとう


病院は毎日のように生と死が交錯する異空間。
これは私がそんな病院で当直をしていた頃に体験した不思議なお話。

私は病院で臨床検査技師と言う仕事をしている。
臨床検査技師とは?
聞きなじみがないことが多いこの仕事の中身は、患者さんの血液や尿などの体液、もしくは心電図やエコー検査など体に直接触れて体の状態を数値にすること。
がんが発見された時には手遅れだった祖父、手遅れになる前になる前に自分にできることがあればと思い進んだ道だった。

検査技師にはいろいろなジャンルがある。
エコーや心電図を行う生理機能検査。
細菌感染の有無を調べる細菌検査。
血液も、タンパク質やコレステロールと言った血液の成分を調べる生化学検査と、白血球や赤血球などを詳しく見る血液検査とある。
その中で私が配属されたのは病理検査という部署だった。
病理検査とはざっくり言うと”病に侵された臓器”を主に検査する部署だ。
ほぼ毎日のように病に侵された臓器たちが運ばれてくる。
そして病院で病気で亡くなった方を解剖する”病理解剖”の介助も検査技師の仕事にある。
病がどこまで拡がっていたのか、治療はどこまで効果があったのか、身体を開くことによってはじめてわかることが多い。
ご遺族の意向もあるが、本人が望むケースもある。
最初はきつい仕事だと思ったが慣れとは恐ろしいもので、何とも思わなくなっていた。

私が勤務していた病院には”当直”があった。
病院は土日祝日関係なしの24時間体制。
いつ緊急の患者さんが運ばれるか、入院している患者さんが急変するかわからない。そんな不測の事態に備え、検査技師は病院に泊まり込む。
検査室の中に当直者専用の控室がありそこで仮眠をとりながら。
たとえ夜中でも依頼があれば検査を行い、医師へ報告する。
月に2、3回の頻度で私も1人検査室に泊まり込んでいた。
その日は当直勤務前、解剖の介助に入っていた。
数日前まで元気だったのに急激な変化を起こして亡くなったその人。
原因は体を開いたことによってはっきりしたのだが、感染した細菌が心臓に至ってしまったことが直接の原因となっていたのだ。
やり切った感はあったが当直をしながら私は何とも言えない、けだるい疲労に包まれていた。

「仮眠しよう」

検査室に誰も入ってこないよう、内側からドアに鍵をかけ当直室にも鍵をかけて仮眠用のベッドに横たわった。
そこからの記憶はない。
おそらくすぐに眠りについた。

「ドン!ドン!」

当直室の入り口を叩くドアの音で私は目覚めた。
時間は夜中の3時頃だったと思う。
清掃会社の方が清掃に来るにも早すぎる。
疲れているし、仮眠用のベッドだから幻聴でも聞いたのだろう。
そう思ってもう1度布団に入る。

「ドン!ドン!ドン!」

明らかにドアを叩いている。
だが検査室は内側から鍵をかけたはずだ。
それにこの建物には職員証がないと入れない構造になっている。
私は一瞬で青ざめた。
このドアを叩いているのは誰なのだろうか。
するとドアの先から

「お礼がしたい!私の死の原因をはっきりさせて下さった先生方に、今こうしてお礼をして回っているのです!どうか開けてください!」

と言う声が聞こえてきた。
もしかして、今日解剖の介助に入った人?
いや、開けちゃいけない気がする。
ドアを叩く音と声はどんどん荒くなる。

「開けて!お礼をさせて!」

直感でこれはやばいと感じていたのと半分、お礼だけなら開けてもいいのかなとベッドから起き上がろうとしたその時だった。

『開けてはいけない、答えてはいけない』

私の頭の中に声が聞こえた。
だが不思議と恐怖は感じなかった。
とりあえず、うろ覚えで覚えている般若心経を唱えよう。
布団の中に潜り、亡くなった祖父の法要などで読んでいるうちに覚えていた般若心経を必死にぶつぶつと唱えていた。

「開けて!開けてください!」

とドアの向こうからは叩く音と声が聞こえたが、一心不乱に唱えていた。

いつの間にか私は気を失っていたのか、眠りについていたのか。
目が覚めると朝の5時過ぎ。
マスターキーを使って入ってきた清掃会社の方の音で目が覚めた。
あれは夢だったのだろうか。
ただ聞こえたあの声は誰だったのだろうか。
そんなことを色々考えているうちに、私は財布を握りしめていたことに気が付いた。
私は財布に祖父の遺骨を入れている。
祖父が亡くなった時に、祖母が私に

「気味悪いと思わないのであれば、じいちゃんのお骨の一部をもってお守り代わりにするといいよ。じいちゃんがいざと言う時守ってくれるから」

と言った。
私はその言葉をそのまま受け取り大事に持っている。

「開けちゃいけない。答えてはいけない」

祖父は私を助けてくれたのだろう。

「じいちゃん、ありがとう」


あの時開けて答えていたら、どうなっていたのだろうか。
生と死が交錯する病院と言う環境。
これはそんな病院で私が実際に体験した不思議な話。

#2000字のホラー

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