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いかなご2022

お気に入りのジャズを流して、時々鼻歌を歌いながら、90近くなった祖母が楽しげに鍋を揺すっている。
「そろそろいいみたいよ」と動画を撮影している母に声をかける。
祖母は動画を撮られていることに気づいていないのかもしれないが、とても楽しげだ。

祖父母の孫までを含めた親戚グループのラインに送られてきた動画は、わたしが幼い頃から変わらない神戸の春の日常だ。

2月の終わりから3月ごろ、兵庫の一部地域では、いかなごという稚魚を釘煮にする風習がある。
住宅街を歩いていると、あちらこちらの家から、甘辛いお醤油の匂いが漂ってくる。
子供の頃犬の散歩をしながら、「ああ、この家も今日はいかなごを炊いているな」と季節を感じたものだった。

最近はいかなごもすっかり漁獲量が減り、値上がりしてしまっているらしい。
だけどそんなことでは神戸のおばちゃんたちはへこたれない。スーパーに並び整理券をもらって、休みの日は朝からお鍋いっぱいにいかなごを炊くのだ。

(いかなご売り場には薄べったいタッパーがたくさん積んであることも多い。そして、郵便局には「レターパックでいかなごを送ろう」なんてキャッチコピーのポスターが貼られているのだ)

最近は祖母と母の合作となったいかなごの釘煮は、生姜の効いた、甘さはひかえめのいつもと変わらない味がした。
いつまでこの味が食べられるだろうか、と思いながらこう考える。
仮にいかなごの釘煮が大量生産されて全国で食べられるようになっても、私たちのいかなごの釘煮の物語はより強いものになるよね、と。