本当は、幸せになりたかった。



ものすごいネガティブなので、苦手な方スルーしてください。

色んな人のブログの情報もこの時期がなにかすごい流れで次の時代へ向かっている
という私にとってはポジティブなものが多くてとても受けとれず疲れています。

先日、末っ子の誕生日のお祝いの夜
過呼吸のようになったり、もういやだー
と叫び続けたり
狂乱といってもいいような状態に

ただ、その事については何かダメなことのような気もせずそれをできたことにほっとしている私も今した。
死ぬ訳じゃないしね。

というか、ある娘との話がきっかけで、自分の中で、楽になりたい、なぜ死ねないのか…というところにいってのそれ、だったのだけど。

ただ、死ねないのはわかっていて、だったら楽しく生きようみたく変換してきた事を思い出していて

根本的なところを否定していたことは
とても大きな傷になっている。

ただ、それがダメだったか?と言えばそうではなくて、
そして、そのことにもきづきてなかったから楽しかったし、幸せだったし。


この時期、もっとさらに深く願いや想いに気づ貸せてもらったのかなと思う。

本当は、幸せになりたかった。
本当は、家族団欒でたのしくわらいあいたかった。
本当は、愛し愛され、求め、求められたかった。
本当は、豊かな暮らしをしたかった。
本当は、我慢なんてしたくなかった。
本当は、綺麗でいたかった。
本当は、美味しいね。っていいたいたかった。
本当は、夢や目標やプロセスを話し聞きたかった。
本当は、もっと楽しい思い出話をしたかった。
本当は、ほめあいたかった。認めあってることを言葉にしたかった。
本当は、応援したかった。されたかった。
本当は、理想の家族をつくりたかった。
本当は、弱さも強さも全て理解したかった。されたかった。
本当は、心置きなくどんなことも会話したかった。

本当は、コミュニケーションをとても大切にしていることを知ってコミュニケーションしてほしかった。

けど、それは希望であって夢であって、期待であって、叶わなかった。
とても残念だけど。それを求めていない人と共に過ごしてきた事にショックを、受けたのと同時に

だからこんなにしんどかったし、死にたくなってここにいる意味すら見失って、やることだけが明確で、
この中での幸せを、味わってきたんだな~と思った。


だからといって不幸だったわけじゃないし
別のことは叶ってきたこともある。

私の存在で誰かを傷つけているなら立ち去りたい。居なくなりたい。


そんな気持ちが私の中に渦巻いている。