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MF Doomというラッパーについて 2/3

・複数のオルターエゴ: King Geedorah, Viktor Vaughn

『Operation Doomsday』以後、02年から04年にかけての3年間で、Dumileは数々のオルターエゴを使い分けながら、キャリア史上で最も旺盛かつ充実したリリースを展開しました。

具体的には、King Geedorah名義で『Take Me to Your Leader』Viktor Vaughn名義で『Vaudeville Villain』『Venomous Villain』の2枚、MF Doomとして『Mm.. Food』、そしてMadlibとのユニットMadvillainにおいて彼のディスコグラフィー上で最も名高い傑作『Madvillainy』をリリースします。

この3年間にリリースされたアルバムはどれも素晴らしいですが、理由の一つとして、彼が複数のペルソナを巧妙に使い分けている点が挙げられます。Dumileは典型的なヒップホップの主題を語る時も、紋切り型に陥ることはありません。それは彼が、非常に奇妙なキャラクターたちの個性を参照することで、決まりきった主題に対しても多様な切り口を見せてくれるからです。ストリートのヴィラン、三つ首の恐竜、未来人はそれぞれ別のストーリーとポイントを持っており、ヴァリエーションを展開します。この時期のラップを聞いていると、Dumile自身の主張なのか(例えばSubrocへの言及はDumile自身によるものでしょう)それとも架空のペルソナによる主張なのか、混然として不明瞭となります(そのことがピークに達するのがMadvillain"Curls"だと思います・後述)。

03年6月にリリースされた『Take Me to Your Leader』におけるKing Geedorahという名義は、もともとMF DoomMF Grimmが中心となって結成されたコレクティブMonsta Island Czarzにおいて名乗られていたものです。本作においても彼は自らを三つ首の怪獣に擬え、見せかけだけのMCたちを批判しています("The Final Hour")。Doomがラップをしているのは数曲で、その他の曲は仲間のMC達に委ねていますが、彼らの奮闘("The Next Level")と優れたビート("No Snakes Alive")により、アルバムの価値は決して損われてはいません。

地球外の生命体というSF的なモチーフを引用しながら、DoomはSP 1200を操り、ジャズやソウルをサンプリングしたビートをMC達にあてがいます。この隙間を埋めるようにゴジラシリーズの台詞や奇妙な効果音が挿入されることで(特に"Take Me to Your Leader")、未来を描いた昔の映画のような、古典的でノスタルジックな雰囲気を持ち込むことに成功しています。Dumileのプロダクションを存分に堪能できる作品です。

さて、『Take Me to Your Leader』においてDumileはサウンドプロダクションを中心に担ってアルバムを作成しましたが、それから3ヶ月後にリリースされたViktor Vaughn名義の『Vaudeville Villain』では逆に、サウンドプロダクションをSound-Inkの面々に委ね、自らはラップに専念しています。

このコンセプトアルバムによれば、Viktor Vaughnはタイムマシンに乗って90年代にやってきた未来人であり、彼は自分がいた時代へ帰る方法を模索しています。Viktor VaughnMF Doomに比べると若干無鉄砲で下世話なペルソナですが、ヴィランとしての攻撃的な態度("The Drop")は保持したままです。時にオープン・マイク・イベントに参加し("Open Mic Nite, Pt. 2")、時に女の子に恋をしながら("Let Me Watch")、ストーリーを語っていきます。

Sound-Inkによるプロダクションは成功しており、当時のアンダーグラウンドにおけるトレンドと共鳴するようなビート("Raedawn")など冷たく近未来的な響きがアルバムに統一をもたらしています。また中盤の"Can I Watch?"における物憂げなトーンやRJD2による"Saliva"の高揚感等、単一のトーンに陥ることのないサウンドが世界観を豊かに拡張しています。

なお、『Vaudeville Villain』の翌年にリリースされた『Venomous Villain』で帰還したViktor Vaughnは若干パラノイアックになっており、Feds(連邦捜査官)とFed Ex(配送業者)を間違えたりしています("Back End")。このアルバムの弱点は30分弱とかなりコンパクトな尺である割にゲストラッパーとスキットが多すぎる(あと一部のビートがかなり微妙)ことで、残念ながら散漫な出来栄えになっています。Viktorのラップがあまり聞けない物足りなさが残る作品です。

とは言え、圧倒的なライミングが聞ける"Fall Back Titty Fat"なんかは十二分に興奮させられます。アルバム中で度々「こんなのに10ドル使うな、ダビングしてくれ」「ここで言っても意味ないけど、ビートがひどすぎる」などイラつきを隠さないViktorに笑えます。他人に任せておきながら文句を言うタイプなのかもしれません。

『Madvillainy』(後述)を経た一連の流れを締めくくるのがMF Doom名義で04年11月にRhymesayersからリリースされた『MM...Food』MF Doomのアナグラム)です。個人的にDumileの諸作品の中でもかなりクレイジーであると同時に、それゆえに真骨頂のような作品だと思います。

『Madvillainy』に収録予定だった"One Beer"Count Bass Dによる"Potholderz"を除いて本作はセルフ・プロデュースとなっています。サブカルチャーのサンプリングによるコラージュ・スキットはより手が込んだものになっており、またラフでありながらどこか洗練された雰囲気を感じさせるビートも秀逸です。

とは言え、真に魅力的なのはやはりラップです。いつものライミングによる言葉遊びは今作では「食事」を主題として展開されています。例えば冒頭の"Beef Rap"はまさにBeefが主題であり、攻撃的なライムが披露されています。名高い第3ヴァースの冒頭を紹介します。

What up?
To all rappers: shut up with your shutting up
And keep a shirt on, at least a button-up
Yuck, is they rhymers or strippin' males?
Out of work jerks since they shut down Chippendales

非常に面白いですね。最初にこの曲を聞くと第2ヴァースでかなり長々とライミングが一息ついた後に違うサンプルが挿入されることでアウトロのようになるため、ここで曲は終わりかと思いますが、そこで突如音が途切れて息を吐く間も無く"What up?"とDoomが不意打ちをかまします。そして上記のバトルライムを畳み掛けます。

簡単に訳すと「ラッパー達、頼むから黙ってくれ。服を着てくれよ、最悪でもボタンだけは留めてくれ。ライマーじゃなくてお前らはストリッパーか?チッペンデール(男性ストリップ・ショウの名門)が閉まって失業中なんだろう」と、どうやらDoomはワックなラッパーをストリッパーに擬えて攻撃しているようです。

もう少し深読みしていくとまず、これは畳み掛けるライミングで耳を驚かす非常にDoomらしいラインと言えます。かなり細かく押韻していますが特に"Shut up" "Shutting up" "shirt on"と踏みながら"strippin'males"と脚韻を置き、最後に"shut down Chippendales"でまとめて伏線回収する様は非常に鮮やかです。内容も辛辣ですがユーモアがあり、ラップスキルではなく体をアピールするラッパーたちの情景が目に浮かんできます。また、"button-up"というのは「口を閉じる」という意味もあり、実は終始「ラップしないで口を閉じていろ」と言っている風にも響きます。Geniusによれば"shut up shutting up"はDoomが度々言及するルーニー・テューンズでの台詞に由来しているそうですが、ここまで来るとどこまで意図したかもわからなくなり、煙に巻かれた感覚になってきますね。

ところでこの曲は04年に制作されたものですが、その時期にBeefを売りにしていたラッパーと言えば誰のことが思い浮かぶでしょうか。そして彼は1stアルバムのジャケットでどのような服装をしていたでしょうか。このラインには曖昧なdisが誰を攻撃しているかを予想するヒップホップ的な面白さも含まれています。

更にピンプ・ラップ"Hoe Cakes"("Hoe"(売女)と"Hot Cakes"をかけている)や、失恋の痛みを酒で和らげる"Guinnesses"など、モチーフと主題がうまい具合にハマっているものもあります。ただ、流石に限界なのか終盤のSubrocに捧げられた"Kon Karne"ではあまり食は関連していないし、"Rap Snitch Knish"に至っては延々とスニッチ行為を戒めた後に最後のラインで「やっぱり美味いぜ、ラップ・スニッチ・クニッシュは」とsnitchとknishの語感の良さだけで強引に結びつけています。ただ、そういったどっちらけでナンセンスな部分も含めて彼の魅力であると思います。

・Madvillain『Madvillainy』

 さて、話は『Operation Doomsday』がリリースされた時期に戻ります。BobbitoによるFondle 'Em Recordsが畳まれた後、フラフラしていたDoomはかねてから彼との共同作業を望んでいたMadlibからのアプローチを快諾し、デュオが成立します。彼らはマリファナとマジックマッシュルームの煙の中で、レイドバックしながら音源を制作していたようです。本来は『Take Me to Your Leader』のリリース前から準備されていましたが、インターネットへの音源リークによる中断を挟みながら、いくつかの調整を経て、最終的に04年の3月に本作はリリースされることになります。

 一言で言えばMadvillain『Madvillainy』はこの時期における集大成であり(King GeedorahとViktor Vaughnが参加しています)、MF Doomの名をアンダーグラウンド・ラップヒーロー以上の存在へと押し上げたカルト・クラシックと言えるでしょう。『Madvillainy』において既存の音楽はズタズタに断片化され、スリリングに再構築されています。自由自在なラッパーとビートメイカーの手によって数々の断片が黄金になっていく過程に、多くの人がヒップホップを、更に言えば恐らく芸術性のようなものを感じたことが、このアルバムを現在に至るまでクラシックたらしめているのだと思います。

Madlibがブラジル旅行中、ホテルの一室でサンプラーとターンテーブル、テープデッキという最小限の機材のみを用いて本作のビートを制作したというのは伝説的な逸話です。そうした環境も影響しているのか、ビートはすべて歪んでくぐもっており、スモーキーでサイケデリックなニュアンスが強調されています。

このアルバムの最も重大な要素として、そのほとんどが3分以下の曲で構成されていることが挙げられます。更に余白には昔の映画やドラマからのサンプリングが非常に騒がしく散らされています。Doomはこれに呼応する形で自由連想で言葉をライミングしていきます。ただし、(MF Doomを敬愛する)Lil Bのように、単純に頭に思い浮かんだ言葉を口にしているわけではありません。Doomはシンプルな言葉に無限の広がりを与える達人です。ライムをそこら中に張り巡らせながらワードプレイや暗喩、ダブル・ミーニングを多用することで、とっ散らかったサウンドに意義深い響きをもたらしています。

"Curls"(ちなみにTylerとEarlのFavoriteとのこと)は1分30秒ほどの楽曲であり、主題は幼少期についてです。この曲の面白い点は、ここで描写されている幼い頃の話というのが、オルターエゴとしてのMF Doomのエピソードなのか、あるいはDumile自身のエピソードなのかが、不明瞭で判然としないところでしょう。シンプルな単語に複数の意味を持たせるDoomの得意技が炸裂しています。「4歳で貧乏人に、7歳でハイになった」というのはヴィランとしての非常に奇妙な過去の話でしょうか。あるいは鉄仮面の裏にいるDumile自身が実際にそうなのでしょうか。もしかするとZev Love Xが4年後にMF Doomとしてシーンに復帰したことに言及しているのかもしれません。リスナーは首をかしげ混乱している内にDoomは何食わぬ顔でオチを付け、次の曲に移行します。

 さて、このアルバムの成功を受けてか本人の面倒くさがりな面からかは不明ですが、本作以降のディスコグラフィーは他のミュージシャンたちとの共同作品が目立つようになっていき、活動ペースも鈍化してしまいます。そのこともあってか、Dumile自身がオルターエゴを使い分けながらリリースしたこの時期の作品は今でも特別な輝きを放っています。

彼のラップはRhymesayersやStones Throwといった90年代末期に設立されたレーベル(Fondle'Emの精神的な後継であるDef Juxを含めるのも誤った見方では無いでしょう)の躍進と共に広がり、アメリカ国内だけでなく、世界中にオルタナティブなラップの魅力を伝えました。その影響は現行のラップシーンにおいても息づいており、時間が経過した分、より大きな流れを形成しているようにすら感じられます。

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