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Larry June @ duo MUSIC EXCHANGE, 12/2

 山手線で渋谷に向かい、Duo Music Exhangeに到着したのは0時少し前だった。定刻を過ぎてもまだオープンしていないようで、前売り券を買ったにも関わらず長蛇の列に並ばされる羽目となる。まあええか、と気を取り直そうとするがすぐに辺りの様子から、このライブハウスは渋谷という町の中でもクラブやラブホテルが乱立するエリアのど真ん中にあることを思い知り、その騒がしさにやれやれ、と思う。この乱痴気めいた喧騒はLarry Juneが歌う、晴れたサンフランシスコのイメージとは真逆だなーとも思った。
 そう、Larry Juneは今日も陽の光を浴びてジュースを飲み、車を運転して、女の子と遊んでいる(そしてLarryは、その間にも投資による利益が彼に収益を与えていることを喜んでいる)。いやはや、東京で勤め人としてせせこましく働いている自分とは真逆のライフスタイルだ。しかし、彼の口調には鷹揚とした余裕と懐の深さがあり、どこか自分のことを歌っているようにも聞こえるものだった。

この看板も最高

 暖冬とは言え12月ともなると深夜帯は寒さが厳しくこれは困ったなと思っていると、列が動き始める。1時間弱くらい並んでの入場だ。
 オープン時からのDJはU-LEE(多分……)で、彼がDrakeや42 Duggをプレイすると、恐らく外国からやってきたのであろう若いオーディエンスから歓声(と被せの声)が上がる。と思っているとThree 6 Mafiaをスピンし、少し自分より年上であろうB-BOYが静かに体を動かしていく。芯の通ったプレイだと思った。
 この日は老若男女とは言わないが、それなりに多様なラップ・ファンが集まっていた。サンフランシスコ・ジャイアンツのキャップを被った筋の通ったB-BOYから、いかにもなギャルとコワモテの男たちの集団、20歳になったばかりに見えるキッズに、ただラップが好きなのであろうオタク(これにはわたしも含まれる)も少し……。2階席を見てもそこにいるのは業界人や関係者なのだろうけれど、雰囲気はフロアとそこまで大差なく、皆Larry Juneを見に来たんだろうなというピースフルな空間だった。

 U-LEEが『TOKYO KIDS』をかけると、東京のラッパー、MonyHorseが登場するという嬉しいサプライズがあった。彼と Awich、そしてJP THE WAVYといった日本のラッパーたちがいくつかの曲を披露しLarry Juneの来日を言祝ぐと、すぐさまKoolKidKalvoが現れ、意気揚々とフロアを暖めていく。
 2時少し前に70年代のソウル・ミュージックを口ずさみながら、ご機嫌で現れたのはMonroe Flowだ。兄譲りの多作家としても知られるその男は、現代にアップデートされたG-FUNKを見せてくれた。彼の重量級のフロウはまるで体を直接掴んで揺らしてくるようで、つまりは身体性に満ちた格好の良い音楽だった。

 実力者たちのライブを経て、主役を迎え入れる準備が完全に整った2時30分頃、"Private Valet"のゴージャスなストリングスが流れると会場は今日一番で大きく湧き上がる。聞こえてくる"Sock it to me!!"というシャウト。今日の主役、Larry Juneの登場だ。現れたLarryは体を大きく揺らしながら、しかし、正確にライムを繰り出していく。この曲のフックで歌われる"When the sky so cold, They don't got no love for you..."という詩が今日この日を描いているように聞こえてきて、わたしはますます気分を盛り上げていく。いい気分だ……。
 Larryは左右に動き回りながら会場全体をロックしていく。そして"Sock it to me!!!""aye aye aye""Good Job, Larry"と耳なじみのあるフレーズでアドリブを繰り広げ、オーディエンスがそれに呼応する。完全に場の空気を掌握することが出来るミュージシャンだと思った。いずれにせよ、この小規模な会場と集まったオーディエンスの忠誠心はこのラッパーを迎え入れるにふさわしいものであった。

good job larry🍊

 続いてCardoとの共作"Glasshouse Knockin’"、ファンキーなギター・リフが印象的な"Tracy, CA"と近年のベストのような選曲でますます気分が高まっていく。前半のハイライトは"Wait on Me"だろう。印象的なメロディが流れるとLarryが渋く、メロウに歌い上げる。"Would you wait on me? Or would you walk away?" たまらない。この美しいラブソングにうっとりとしていると、近くにはリリックに全被せしている猛者もいて、嬉しくなった。
 続けざまにThe Alchemistとの共作から"60 Days""Summer Reign"を披露。The Alchemistの煤けたサンプル・ループはLarry Juneの世界観に完全に寄り添っていて、彼の作品に芸術的な彩りを与えている。ジャジーなサックスとBone Thugs-N-Harmonyのサンプルは、Cardoによる"Love of Money"(パリのリッツ前で撮影された高級感溢れるMVも素晴らしいので必見)だ。聞きながら、しかし、LoveとMoneyというのはまさにLarry Juneの二つの主題だなと思う。他にどんなラッパーが"I’m spittin’ game like Warren Buffett."とボースティング出来るだろうか?Larry Juneは余裕綽々といった態度で、次から次へとライムを吐き出していく。
 "Stickin' and Movin'"がかかるとLarryは"Go Monroe Go Monroe Go!!"と力強く叫び、それに呼応してMonroe Flowが現れる。バウンシーなビートで、オーディエンスは爆発的に盛り上がっていく。強烈な体験だ。Larryは加熱したフロアの熱を維持したまま、立て続けに"Pop Out"、"89 Earthquake"をクールに聞かせていく。さらに続く"Chops on the Blade"は研ぎ澄まされたCardoのプロダクションとLarryの落ち着いたフロウが唯一無二で組み合った名曲だ。"N**** hate me, don't mind, 'cause I'm knee-deep in the mob And I be…" なんと余裕のあることだろうか。生で聞くと彼の佇まいから、ますますリリックに説得力が感じられる。格好良すぎる……。

 充実した本編の締めとなるのはLarryの代表曲とも言える"Smoothie in 1991"だった。意気揚々と歌い上げるとLarryは最後にステージから降り、あの印象的なフックをオーディエンスと共にアカペラで歌っていた。"B****, I feel like I'm dreamin'…… "。また会場が一体となる。とても美しい光景だったし、これがヒップホップの美しさだなと思った。
 いったんステージから掃けたがもちろん、オーディエンスは拍手と歓声を浴びせ続ける。"Green Juice in Dallas"が本当の最後の曲だ。この曲は"健康でいろ""自分自身を大切にしろ"そして……"金を稼げ"というファンに対するメッセージから始まる。ラストにこれを選んだLarryのファンへの想いを感じ取り、わたしはよりエモーショナルな気分になる。Larryはまたフロアまで降りてきて右へ左と動き回り、会場に集まったヘッズたちに語り掛けるようにライムする。フロアの興奮はまったく冷めやらないまま曲が終わり、Larryたちはステージを去っていった。
 新旧の曲を矢継ぎ早に繰り出して、終わってみればおよそ1時間ほど。油の乗ったラッパーの手抜きなしの全力を味わうことのできる、それは実に充実した時間だった。

 その後少しDJプレイを楽しみ、始発が出る前に会場を後にした。始発まで時間があったので、少し歩いた。渋谷は流石に喧噪は収まっていたものの、相変わらずゴミゴミとした空間ではあった。しかし気分は爽快で、少しだけポジティブになっている。
 歩きながら今日、この夜のことを思い出す。Larry Juneの音楽は、ヒップホップの伝統的テーゼから逸脱しているわけではないが、自己破壊的な精神性とは無縁の場所にいる。彼が歌っていることは人生を慈しみ、自分を大切にし、将来へ備えることだ。そこにはベタついた共感を求める姿勢や自己啓発的な響きはなく、享楽的であれども真摯に人生に向き合う態度がある。試しにyoutubeやIGのコメント欄を見てみてほしい、そこにはLarryの楽曲に勇気づけられた多くの人々の声がある。そして少なくともこの晩、わたしは彼のラップに強く勇気づけられた。とてもいいライブだった。

sock it to me!!!

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