2020年よく聞いた音楽(Rap/HipHop)

 今年聞いた音楽についてちょくちょく書いていきます。

 大変だった2020年とはいえ、こうなる前から家でも外でもずっと音楽を聞いている生活なので、特に音楽体験に変化はなかったというのが正直なところです。ただ、家にいる機会は多かったのでそのことによる心境の変化はあったのかもしれません。

また、去年までは、月に2,3回はライブへ足を運んでいたところ今年はその習慣が無くなってしまいました。ライブの前後にミュージシャンの曲をまとめて聞いたり、あるいはその周辺の音楽を聞くという、ペースメーカーのようなものが無くなってしまったのが久しぶりな感覚でした。

■ RAP/HIPHOP

 自分はApple Musicでほぼ全ての新譜を賄っている都合から、基本的にはアルバム単位で聞いていて、曲単位で聞く際はプレイリスト『ラップ・ライフ』を活用していました。Apple Musicの犬のようですが忙しさにかまけて何も聞かないよりはマシ、という発想です。こうして1年を振り返ってみると、ひたすらDaBabyとMegan The Stallionを聞いていた気がします。

 今年聞いていたアルバムをいくつかの視点から。

・オーセンティックなヒップホップ・アルバム

 2020年に最もよく聞いていたアルバムの1つがFreddie Gibbs & The Alchemist『Alfredo』です。これはプロダクションとラップの組み合わせが見事で、Kool G Rapから脈々と繋がるマフィオソ・ラップとして非常に聴き応えがありました。The Alchemistのドラマチックに煤けたビートを背景に、Gibbsのラッピンは多様なスタイルを見せつけてくれます。

Gibbs同様にラップ自体が面白かったのはGriseldaのMCたちで、もはや頭一つ抜けてしまったなという感じの創始者Westside Gunn『Pray for Paris』は今年の1つのハイライトだったと思います。

また、Gibbsと同じくThe Alchemistとのタッグを見せてくれたのはBoldy James『The Price of Tea in China』で、これも当然のように水準以上の出来栄えだったのですが、個人的な好みとしてはその半年後にGriseldaからリリースされた『The Versace Tape』に軍配が上がるでしょうか。Boldy Jamesの無感情なラッピンはJay Versaceの非オーセンティックで多種多様なビートと奇妙に融合し、彼がどのような場所であっても冷徹でいられることを証明しています。

これまた『Alfredo』に参加しているBenny The Butcher『Burden of Proof』もまた、よく聞いたアルバムです。彼のいかにも堂々としたビート上での立ち振る舞いが魅力的であるのはもちろんですが、本作を特徴付けているのはむしろ、(信頼していた亡き兄への言及が度々あるように)叙情的な切実さではないでしょうか。Hit-Boyの豪著なプロダクションは我々が敬愛するRoc-A-Fellaのあの感じ、あるいは90年代後半から00年代にかけてのハーレムのラップを彷彿とさせます。スネアの鳴りがもう違いすぎますよね。

 Hit-Boyと言えばNasが変わらぬ実力と創造性を証明してくれた『King's Disease』(全く売れなかったThe Firm再結成!)なんかも間違いない出来栄えでした。また、去年の傑作『Bandana』の流れを継ぐMadlibビートが素晴らしい、ユーモラスでサイケデリックなヒップホップThe Professionals『The Professionals』と、もはや横綱相撲のStatik Selektah & Termanology『1982 The Quarantine』なんかも抜群でした。オーディション番組出身とは思えないくらい生真面目なリリシズムに満ちたD Smoke『Black Habits』も時の経過で色褪せない輝きがありました。

また、(オーセンティックとは別かと思いますが)敬愛するMax Bによる未発表曲集『Wave Pack』がリリースされたのは予期せぬ喜びでした。これぞハーレムのラップだな、と思わずにはいられないカラフルでポップな、それでいて誰にも媚びていないストロング・スタイルに敬意を払いながら聞いていました。早い所出所してほしいところです。

・生活しながら聞いていたアルバム

 生活をしながら音楽を聞くことが多いので、ラッパーたちの優れた身体感覚に刺激を受けたり、また、のんびりとしたソウルフルな音楽を頼りに過ごすことも、活動が制限されてしまった2020年における楽しみの一つでした。

僅か18分の中で高い運動神経でのラップが繰り広げられるDenzel Curry & Kenny Beats『UNLOCKED』(リリースは2月ですが、今となっては示唆的なタイトルのように思えます)はフレッシュで刺激的で、何度聞いてもワクワクしました。Kenny Beatsによる跳ねるようなビートの上をDenzel Curryは鋭く、またカオティックに暴れ回っており、1曲1曲がラップの自由な醍醐味に満ちています。

Pop Smoke『Meet The Woo 2』も色々な角度から語られるべき充実作ですが、生身のラッパーとしての息遣いを受け取るような聞き方が自分の中ではハマりました。ブルックリン・ドリルというジャンルを規定してしまったかのように決定的な存在感を見せたのは、何よりも彼の持つ声と地を這うように言葉を吐き出す独特のフロウによるものです。ただ、今となってはそんな彼が繰り出すリリックにおける、過剰なまでの暴力の称揚を耳にしながらなんてこったいと肩を落とすしかないです。

リリースは1月ですが、Mac Millerの遺したデモをJon O'brienが完成させた『Circles』は、その簡素なプロダクションと、不安定で切実であることを包み隠さない親密なラップにより、家に籠もっている時期に優しく寄り添ってくれるような特別な1枚となりました。

夏なんかはだらしなく生きていたので、フィットするラップをよく聞きました。中でもJay Worthy関連作、ソロの『Eat When You’re Hungry, Sleep When You’re Tired』LNDN DRGS『Two4one』は最高で、Gラップ高額盤のようなイナたさや現行モノにありがちなやりすぎ感があまりなく、気負わないカラッとしたテンションが夏をやり過ごさせてくれました。

また、気負わなさが気持ち良いと言えば、シカゴのRic WilsonがLA重鎮Terrace Martinと組んだ『They Call Me Disco EP』も同様のノリで良かったです。こちらはむしろ70年代のThe Gap BandやSlaveなんかを参照元としているだろう、屈折無きファンク・サウンド。ベースラインとシンプルな上モノでたっぷりと確保されたスペースに歓喜に満ちたラップが繰り広げられます。その軽快さが2020年の夏を乗り切るに相応しかったと思います。

架空のレコードショップを舞台にユーモラスなトークとソウルフルなチルで満たされたPink Siifu & Fly Anakin『FlySiifu's』も音楽を聞きラップすることの楽しさに満ちていた作品の一つでした。

昔から好きだったグループたちがキャリアの中でも屈指の作品をリリースしてくれたのは頼もしかったです。インターバルを空けてのダブル・アルバムBlu & Exile『Miles: From an Interlude Called Life』とデトロイトの良心的なヒップホップ・アクトによる充実したラスト・アルバムClear Soul Forces『ForcesWithYou』は共に暖かいサンプリング・ミュージックの響きと的確なライミングによる、理想的なラップ・アルバムとして楽しみました。

・BLM/フィメールMC

 また、(自分の能力が及ばないせいで)つまらない切り口となってしまうかもしれませんが、BLMに共鳴する音楽には強く心を動かされたし、フィメールMCが当然のように素晴らしいリリースを連発していたのは最高で、大きな力を感じました。

偏見と不公正への怒りの季節において、そのサウンドトラックはRun the Jewels『RTJ4』を置いて他に無いと思います。確かな問題意識を背景にしつつもポリティカル・ラップの複雑性からあえて距離を置き、ストレートに強いメッセージを放ちます。2019年に書いていたリリックがまさに共時性を帯びてしまう現実のどうしようもなさに嘆き屈するのでなく、憤りの火を放つアルバムでした。

また、Pink Siifuが4月にリリースした『Negro』の壮絶なサウンドとリリックも忘れることが出来ません。そしてDrakeo the Ruler『Thank You for Using GTL』は境界を踏み越えるラッパーによる刑務所の克明なドキュメントであると同時に、BLMとも共鳴してしまう興味深い1枚でした。

次々にリリースされるフィメールMCたちの特徴的な語り口に当惑しながら一方で熱中してしまう1年でもありました。笑ってしまうくらい明け透けに女性たちの金とセックスを主題とするMegan The Stallion 『Good News』の痛快な佇まいを見ていると元気が出てくるし、冒頭からWho Shot Ya?を引用してビギーにリスペクトを捧げているところなんかには胸が熱くなります。

ソフィア・コッポラ『ブリングリング』で描かれた、セレブの家に忍び込んでは豪遊する少女たちのように大胆不敵なCity Girl『City on Lock』も大好きなアルバムの1つです。世間話をするかのようなJTとYoung Miamiの掛け合いはとんでもなく馬鹿げていますが、性を売り物とすることの愚かさなどではなく、苦境においてもユーモアを忘れない強さこそが強調されています。

Rico Nasty『Nightmare Vacation』も刺激的な1枚でした。Ricoは散漫とも言えるほど多様な16のビートに対して時に怒鳴りながらラップし、時に這いつくばるように歌います。呪術的で奇妙なビートに彩られたJunglepussy『JP4』も吹き出してしまうような荒唐無稽なパンチラインを真顔のまま放ってくる、その力に圧倒される1枚です。

・音の冒険

 ヒップホップは今となっては全世界に鳴り響くポップ・ミュージックであると同時に、先鋭的な音の冒険が常に行われ続けるアートフォームでもあります。聞いたことのない音がラップと交わっていく姿に興奮します。

『Send them to Coventry』Pa Salieuは西アフリカ流の訛りを臆すること無くラップに迎え入れることで、自分のアイデンティティを強調します。ビートも当然一筋縄では行かず、グライムやUKドリルというより、Hyperdubに共鳴しそうなトランスナショナルなリズムとR&Bが重なる折衷的で、ゾクゾクする音の響きがあります。

また、Headie One『Edna』, Headie One & Fred again..『GANG』というHeadie Oneによる2作はUKドリルを洗練させながら、そのストリート・ミュージックとしての荒々しさを決して見失わなうことがありませんでした。

こうして見るとUKのラップが今年も面白かったです。レジェンドGIGGS『Now or Never』、ぶっ飛んだアイディアに満ちたOnoe Caponoe『Invisible War (見えざる戦争)』East Man『Prole Art Threat』、Zebra Katz『Less is Moor』もロンドンのSega Bodegaに多くを負っているだろうし……。

いつになったら出るんだ、と思っていたら社長の全面介護付きでリリースされたJay Electronica『A Written Testimony』は正直言うとリリックの世界観に着いていけなかった部分はありつつ、サンプリング・ミュージックとしてのヒップホップの面白さを蘇らせるプロダクションだけで十二分に楽しめました。

 上に挙げたアルバムの他にもKaRoc MarcianoRA The Rugged Man辺りの新作はどれも素晴らしかったです。他にもOpen Mike Eagleclipping.の野心的な作品、大好きなA$AP Fergの安定したアルバム、まったく趣味ではないのに何も聞きたくない時にひたすら聞いたLil Uzi Vert『Eternal Atake』、まさかこのラッパーのアルバムを好きになるとは思わなかった偉大なる大失敗作Playboy Carti『Whole Lotta Red』などなど言及したいものがありますが、この辺で。キツい1年だったけどラップを聞くのは楽しかったです。

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