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個人の作家性は重要か?

「つくる」と「つくらない」のあわい —非表現者のための表現手引き【DAY2】

テーマ・事前課題

・表現にどれだけ「個人の作家性」は重要なのか
・様々な分野で表現や創作行為が複数人で行われている事例や、一人/ひとつの“作家性”によらないプロセスの事例を取り上げる
・そのなかで他者の手になるものを統合すること、複数人/人格でだからこそ作れるものの価値を検討する

【事前課題】
1)「なぞる」
好きな作品をひとつ選び、「なぞって」みましょう。例えば心に残るツイート、学生時代に読み耽った小説の一節や、思い出の詩などを、写経するように書き写す。またはマンガのコマ、ゴッホの絵、ビジネスモデルの図や写真を描き写す、トレースする、コラージュで再現する……。なぞる対象やなぞり方は問いません。何かを新たに作ろうとせず、ただ無心になぞってみてください。
2)それを通して感じこと
感想でも、感触でも、考察でもよいので、何らか感じたことを表現してください。表現方法は自由です。文字、ダイアグラム、イラスト、写真……?

わたしが取り組んだ課題はテーマにどんぴしゃではない自覚があるが、なぞりたい欲求を優先させた形だった。

●原文
 ‘It was a song about a white cockroach. That’s me. That’s what they call all of us who were here before their own people in Africa sold them to the slave traders. And I’ve heard English women call us white niggers. So between you I often wonder who I am and where is my country and where do I belong and why was I ever born at all. ……’

学部生時代、英文学購読の授業で使っていたテキスト

●自分版
 あれは白いゴキブリの歌。白いゴキブリって、私のことよ。アフリカで自分の仲間が彼らを奴隷商人に売る前からここにいた白人のことを、彼らはそう呼ぶの。それと、イギリス人の女たちが私たちのことをホワイトニガーって呼ぶのを聞いたこともあるわ。だから、あなたといると、私は誰で、私の国はどこで、私はどこに属していて、なぜ生まれてきたのかしらってよく思うの。……

●DeepL版
 白いゴキブリの歌だったんだ。それは私だ。アフリカの同胞が奴隷商人に売る前にここにいた私たち全員をそう呼んでいるんだ。イギリス人女性が私たちをホワイトニガーと呼ぶのも聞いたことがある。ここだけの話、私は自分が誰なのか、自分の国はどこなのか、どこに所属しているのか、なぜ生まれてきたのか、よく考えています。......

●小沢瑞穂訳(河出書房新社「世界文学全集」版)
 あれは白いゴキブリの歌。私のことよ。彼らがアフリカで身内から奴隷商人に売られてやってくる前からここにいた白人のことを、彼らはそう呼ぶの。イギリスの女たちも私たちのことを白い黒んぼと呼ぶんですってね。だから、あなたといると、私はだれで、私の国はどこで、私はどこに属しているのか、いったいなぜ生まれてきたのかいつも考えてしまうわ。

主要な登場人物

□ジェイン・エア
 シャーロット・ブロンテ作「ジェイン・エア」の主人公。幼くして両親と死別し、母方のおじに引き取られる。おじの死後、おばはジェインにつらく当たり、従兄弟たちにも虐げられる幼少期を過ごす。修道院の学校に入り、優秀な成績をおさめ、最後の2年間は教師としても活躍。あたらしい活躍の場を求め、自分を家庭教師として雇ってほしい旨の広告を出し、ロチェスター氏の屋敷(ソーンフィールド邸)に住み込みで働くようになる。

□エドワード・ロチェスター・フェアファックス
 父に愛されなかった次男として、政略結婚をさせられた過去をもつソーンフィールドの当主。家庭教師として屋敷に住むようになったジェインをしだいに愛するようになり、結婚を申し込むが、結婚の誓いをする直前で重婚の罪を告発される。

□アントワネット・コズウェイ
 ロチェスターの妻。「ジェイン・エア」ではソーンフィールド邸の屋根裏に幽閉された狂人の妻として登場する。こちら側の視点から描いたのがジーン・リース作「サルガッソーの広い海」である。白人ではあるものの、宗主国イギリスの植民地ジャマイカで生まれ育ったいわゆるクレオール。”狂人の家系”の出とされ、ロチェスターにも愛されず、慣れ親しんだ西インド諸島からも引き離され、精神の均衡を失ってしまう。

「ジェイン・エア」「サルガッソーの広い海」を再読しての感想

 イギリス人の紳士であるロチェスターというキャラクターは、「ジェイン・エア」の作者シャーロット・ブロンテにも、「サルガッソーの広い海」の作者ジーン・リースにもあまり好かれていないのではないかと感じる。
 父親は兄を溺愛するいっぽうで自分を邪魔者扱いし、植民地の女性(しかも”狂人の家系”出身の)との持参金目的の結婚を強いられたことは、不幸といえるかもしれない。それでも自分の運命を切りひらいていく主体性がこの人物からはほとんど感じられない。
 アントワネットを愛することをたった1週間で放棄し、彼女への見せしめに使用人の少女と関係をもつ。妻がクレオールであることから目を背けたいばかりに、アントワネットというクレオール風の名前を「バーサ」というイギリス風の名前で呼ぶ。彼女を自由にするのではなく屋根裏に永遠に閉じ込めてやろうという魂胆。少しも擁護できるところがない。
 ジェインに対しても不誠実で、アントワネットとの婚姻の事実を隠したまま結婚しようとする。(義兄から告発されて破談となり、ジェインも姿を消してしまう)
 なぞった箇所は、アントワネットが夫・ロチェスターに心情を吐露するセリフだが、おそらくこのセリフはとても静かなトーンで語られたにちがいない。激するのでもなく、憐憫をさそうのでもなく、淡々と発されているのではないかと想像する。幼少期から地元の黒人や白人に迫害され、拠りどころがわからないのに生きていかなくてはならない苦しみは計り知れない。
 ジーン・リースは、自身もドミニカ出身のクレオールである。「ジェイン・エア」はたしかにおもしろい小説だし、ジェインの生き方にも感銘を受ける。それでも、クレオールを差別する描写にはたしかに差別感情が含まれている。リースはそれに見て見ぬふりはできなかったのだと思う。かげに隠れた人物を取り上げ、小説に昇華させた熱意とクリエイティビティに脱帽。

ブックリスト

●映画
ジェーン・エア(字幕版) (1944)
ジェイン・エア(字幕版) (2006)

番外編

アーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」

2022年9月、左右社より今村楯夫氏による新訳が刊行された。これまで、この作品に登場する “boy”=マノーリンの年齢は9〜10歳ほどの「少年」と解釈されてきた(映画版「老人と海」でも子どもがマノーリンを演じていた)。それを、20代前半の「青年」としたのが今村氏の新訳。
翻訳における想像力や解釈力の必要性、おもしろさを実感できる。巻末の詳しい解説も必読。

映画 老人と海(1958) (字幕版)

カリブの歴史や文化に興味があるので、今年は少し掘り下げたいと思っている。

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