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可能性のむこう側にいざなう幻の道先案内人は、いる (#1)

「わたしあの人の後を追っていたら、今頃どうなってたんだろう……?」

時折ぼんやり考えてしまうようなmeet&byeがある。

「運転手さんそのバスにボクも乗っけてくれないか」

心の中でそう絶叫しているのに、足がすくんでその場が過ぎてしまうことがある。

「これがもう奴との最後かもしれない」

去っていくリバー・フェニックスの後ろ姿を「Stand by me」の眼差しで見つめる、そんな直感的な啓示がある。

あの人について行ってたら、いまごろどうなってたんだろう。

高校生のとき。

暇と自転車しかなかったあのころは、もっぱら人間観察に明け暮れていた。

夏休みなんてのは、クマタくんとふたり、地獄のモニタリングの日々だった。

朝起きたらクマタくんはもう我が家にいて

「行くか……」

と、ハードボイルド刑事並みの哀愁で自転車にまたがり、大宮駅の東西の改札が合流する豆の木なる待ち合わせスポットを上から見下ろして、「あいつはこうだ、こいつはこうだ」なんて交わす。

昼になればボクの家で昼飯を食い(実家は喫茶店なんです)、またまた大宮駅に行って、周辺を流し、豆の木を見下ろして、日が暮れたら家の近くのショッピングモールで31アイスを食べる人たちをモニタリングした。

こんな生活を本当に毎日続けていた。

そんなある夏の終わり。

夕暮れが行って、ショッピングモールには暇そうな警備員しかいない頃合だった。ボクらが座るベンチのすぐにタクシーが止まった。

タクシーからはリュックサックがパンパンのおばさまが現れた。

「鉱山で一発当てた?」

目を疑うようだけど、タクシーの入り口でリュックサックがつっかえて出れてなかった気がする。

タクシーから降りたおばさまはトルネコリュックを背負ってあたりを不安げに見回す。あまりの奇怪さにボクたちはジロジロ見れなかった。

でもこっちに来る気がした。だし、来て欲しかった。ボクたちのこの意味不明な生活を終わらせられるのは、あなたみたいな人だ。

お互いがお互いを惹きつけあったのかもしれない。

おばさまはあたりをキョロキョロしながらボクたちの前に来て言うのであった。

「あのぉ〜ビッグベンってどこにありますか?」

ボンクラ高校生のボクでもわかった。

ビッグベンはイギリスにある。

クマタくんが言う。「この辺にはないんじゃないかなぁ……」

ないに決まってる。何度も言うがビッグベンはイギリスにある。

「そうですかねえ。この辺にあるかなあと思って来たんだけど…」ビッグベンを探してわざわざ埼玉のへき地に来てくれたおばさまにこんなこと言うのは酷だと思ったが、やはり言うことにした。

「ビッグベンってイギリスにあるんじゃなかったでしたっけ……」

すると晴れ晴れしい顔をパッと浮かべ「イギリス! ああそうだ! そうでしたね〜」。IQを測るずる賢い問題がスッキリ解決したみたいに納得すると、おばさまはボクたちにお礼を言って、颯爽とタクシー乗り場へ向かっていった。

このときである。ボクたちは言うべきだった。

ボクたちもビッグベンに連れて行ってください!!

碇シンジくんのように、本気で。

おばさまの行き先がボクたちの思うイギリスのあれじゃなくてもいい。妙な宗教施設なんかでもよい。

とにかくボクたちをここからどこか‘ビッグベン’へ連れていって欲しかった。

あのとき。おばさまと一緒に行っていれば、ボクたちはいまごろ違ったかもしれない。

そんな大げさなことでもないか!

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