メイケイエールのこと

競走馬・メイケイエール号が先日引退した。
熱心なファンとはいえなかったが、好きな馬だった。
競馬自体初心者であるものの、リアルタイムの雰囲気をとどめておきたくて個人的な思い入れをつらつら記してみる。

出会いはチューリップ賞の動画だったと思う。素人目にも「なんだか暴走している子がいる」というのがわかる。馬を抑えようとしてジェットスキーのような体勢になっている鞍上は武豊ジョッキーで、要するにすごく上手な人が乗っているはずなのだが、とんでもないレース運びになってしまっている。しかしながら1着。なんだこの子はというのが最初だった。

このように、メイケイエールはレースになると暴走してしまう癖を持っている。普段はむしろ大人しい馬で荒い気性ではないのだという。それなのにレースが始まるとスイッチが入ってしまい、折り合いがつかない。真面目すぎるがゆえに前の馬を必死で抜かそうとしてしまう。一生懸命走りすぎてしまうのだ。

当然、この暴走状態では競馬すること自体に危険が伴う。一時期はこんな危ない馬をレースに出すなという声も少なからずあったそうだ。その一方、おてんばすぎる走りには多くのファンもついた。「折り合い」という明確な課題と重賞6勝のポテンシャル。陣営の試行錯誤と共に、彼女の競走馬生活は進んでいくことになる。

また個人的な話に戻る。競馬を見始めたのが2023年の春夏くらいだった。そんなわけで、私がリアルタイムで知っているエールちゃんのレースは6つの重賞を一通り勝ったあと、気持ちが切れてしまったのではと言われていた時期から始まる。

2023年の安田記念は出遅れからの落鉄と残念な結果に。ただ、ジョッキーカメラが公開されて喜んだのを覚えている。今回の動画以外もそうだが、馬の背中、レースの風景ってこんな感じなんだというのがわかって面白い。池添ジョッキーがクセ馬図鑑で話していた「ずっと話しかけてる」光景が伝わる。

10月のスプリンターズステークスはいい時の走りだったように思う。結果は5着。4角で、直線で好きな馬がやってくるのを見るとやはり嬉しい。テレビの前でワーワー言った記憶がある。この時は新しく試したハミが良かったというのを聞いた。

その後はBCへ向けて米国遠征。初めてのダート、結果は芳しくなかったが、大きな挑戦だったはずだ。あのおてんばに暴走していた子が大舞台で普通にレースできるようになった。一ファンの我々には見えないところで持って帰るものもたくさんあった遠征だったのではと勝手に想像する。

本当に勝ってほしい馬がいる時のレース、乗り手か?と思うほど緊張してしまう。今年の高松宮記念はそんな感じだった。エールちゃんは9着でラストランを終えた。ちょっと来るかもという瞬間があってドキドキして、ここ数年連続の雨が憎くて。レース後はとにかく無事に終わったことに胸を撫でおろした。ものすごく人並の感想だがそんな感覚で最後の日は終わった。

というわけで、私が見てきたメイケイエールは一度も勝っていない。
ではなぜこの馬を応援していたのか。
なんというか、ずっと他人事と思えなかったのだ。
私も折り合いに悩む人生を送っている。恥ずかしいので詳細はつまびらかには書かないが、世間的に求められることと自分の持っているものに差があり、思い通りにかみ合わないという状況をずっと抱えている。エールちゃんの前進気質と同じように、簡単に直せるものでもないので多分死ぬまで抱えていくだろう。そういう人間にメイケイエール陣営の姿は刺さった。
私の見てきた陣営はエールちゃんが最良の形で力を発揮することをずっと諦めていなかった。手を変え馬具を変え挑戦し続けていた。馬を信じていた。そんな姿を見て、このところは「エールちゃんも頑張ってることだし私も頑張るか」という思いになることがままあった。全然違う場所で全然違うことをやっているけれど、同志のような戦友のような、そう思える存在に出会えたことが嬉しかった。交わらないはずのところにいながら大事なものをもらえたような気がしている。

現地には行けなかったので、雨の引退式は中継で見た。笑いあり涙ありのいい式だった。エールちゃんより強い馬は他にたくさんいるかもしれない。それでも彼女の走りは唯一無二だ。きっと時間が経っても忘れられないし、応援したことはいつまでも覚えている。そう思う。
今日が退厩の日だったという。第二の馬生が彼女にとって幸福なものであるよう願いつつ、筆を置く。

Good-bye and Thank you for everything.

引退式ポスターより

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