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韋駄天花屋

その花屋は妙なところで営業していた。
1階がコンビニになっている雑居ビル。上階へ上がる階段前のちょっとしたスペースに、花の入ったバケツが並ぶ。ワンボックスカーでどこかかから運んできているらしい。お店の人らしいおじさんとおばさんがいて、お会計や包装などはこの方々がやってくれる。花束や鉢植えなどの大きな商品はないが、切り花の綺麗なものが揃っているという品揃えだった。
営業時間も妙だった。日暮れ時の数時間だけに現れるのだ。会社を定時に出るといない。派手に残業してもいない。1時間ほど居残って帰ろうとすると時折コンビニの脇に花が並んでいる。そんな具合だった。やっている日があればやっていない日もあり、規則性はよくわからない。
その神出鬼没ぶりに私は森見登美彦作品に登場する「韋駄天コタツ」を連想していた。「韋駄天コタツ」は大学構内に突然現れ突然消える謎のコタツのことである。コタツと違って場所は移動しないにしろ、同じように突然現れ突然消えるその花屋のことをいつの頃からか私は「韋駄天花屋」と呼んでいた。
韋駄天花屋では何度か買い物をした。いつも綺麗な花だった。切り花を買うなんて完全に無駄な出費ではあるのだが、あそこで花を買うとなぜか気分がよかった。当時いた会社を辞めてしまった後、あのコンビニの前をあの時間に通らなくなり、それから韋駄天花屋がどうしているのかはわからない。わりと昔の話で、何かそういう夢だったんじゃないかと思ったりもするが当時買った花の写真は今も手元にある。

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