見出し画像

断片

      ✕

 浅草には、あらゆる物が生のまま投り出されている。人間の色々な欲望が、裸のままで躍っている。
 浅草は、東京の心臓──
 浅草は、人間の市場──

      ✕

 浅草は万人の浅草である。
 誰もがハラワタまでさらけ出す安息地帯である。

      ✕

 大衆は刻々に歩む、その大衆の浅草は、常に一切のものの古い型を溶かしては、新しい型に変化させるものだ。
 あらぬ日の夢。すたれた浅草情調のはかない讃美。浅草の現実の姿を嘆き、浅草の新しい流れを無視する妄断家は、退却しろ。
 浅草をぐうにしようという清潔家よ、引っ込め。

      ✕

 浅草のあらゆる物の現われ・・・は、粗野であるかも知れない。洗練を欠いてもいよう。しかし大胆に大衆の歩みを歩み、生々躍動する。

      ✕

 すたらない流行剣劇、チャンバラ。──その愚劣さをわらう御仁よ。あなたはその認識不足を恥じなければならない。
 暴れ廻るばんつま(※俳優の阪東妻三郎)の剣のキッさきに、無性やたらに強いすけと、眼をむくおおうちの白刃のキラメキに、民衆は「自らの鬱憤」を晴らしているのだ。

      ✕

 洋画から新時代の滋養を吸うモダニストと、銅銭で御利益をあがなう観音様の信者とが並んで歩いている。
 あらゆる階級、人種をゴッタ混ぜにした大きな流れ。その流れの底にある一種の不思議なリズム。
 本能の流動だ。
 音と光り。もつれ合い、渦巻く、一大交響楽。──そこには乱調の美がある。

      ✕

 男は、女は、この色彩と交響の狂奔の中に流れ込んでは、その中から、明日も生きようという希望を拾い出して行く。

底本

浅草底流記 - 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1916565/15
コマ番号 15~16