断片
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浅草には、あらゆる物が生のまま投り出されている。人間の色々な欲望が、裸のままで躍っている。
浅草は、東京の心臓──
浅草は、人間の市場──
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浅草は万人の浅草である。
誰もがハラワタまでさらけ出す安息地帯である。
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大衆は刻々に歩む、その大衆の浅草は、常に一切のものの古い型を溶かしては、新しい型に変化させる鋳物場だ。
あらぬ日の夢。すたれた浅草情調のはかない讃美。浅草の現実の姿を嘆き、浅草の新しい流れを無視する妄断家は、退却しろ。
浅草を瑠璃宮にしようという清潔家よ、引っ込め。
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浅草のあらゆる物の現われは、粗野であるかも知れない。洗練を欠いてもいよう。しかし大胆に大衆の歩みを歩み、生々躍動する。
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すたらない流行剣劇、チャンバラ。──その愚劣さを嗤う御仁よ。あなたはその認識不足を恥じなければならない。
暴れ廻る坂妻(※俳優の阪東妻三郎)の剣のキッ尖に、無性やたらに強い百々之助と、眼をむく大河内の白刃のキラメキに、民衆は「自らの鬱憤」を晴らしているのだ。
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洋画から新時代の滋養を吸うモダニストと、銅銭で御利益を購う観音様の信者とが並んで歩いている。
あらゆる階級、人種をゴッタ混ぜにした大きな流れ。その流れの底にある一種の不思議なリズム。
本能の流動だ。
音と光り。もつれ合い、渦巻く、一大交響楽。──そこには乱調の美がある。
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男は、女は、この色彩と交響の狂奔の中に流れ込んでは、その中から、明日も生きようという希望を拾い出して行く。
底本
浅草底流記 - 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1916565/15
コマ番号 15~16