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第6章 大衆の食卓 ── 屋台店(3)

お座敷天ぷらは屋台の真似だ

 観音劇場前の、芝崎町通りにも屋台店がいろいろ出る。この中の「東武」という天ぷら屋台。ここでは材料を客の前へ並べてあって、なんでも一個五銭で好みのものを揚げてくれる。そして非常にうまい。したがって繁昌して、たいていの場合、いっぱいたかっていて、早くネタ切れになるのでいつも早くしまう。目の前で揚げたやつをすぐ食うんだからうまいはずだ。
 お座敷天ぷらだなどと大騒ぎをするが、あれは屋台の真似をしているに過ぎない。そして屋台に立てない連中が、それを食って喜んでいるのである。わが浅草人はとッくの昔からそんな味は知っているのだ。そこに浅草の幸福がある。
 ところが、お座敷天ぷらが騒がれ出すと、一緒になって貧乏人がそれを食ってみたがるんだからどうも浅間しいものだ。

 伝法院横、玉木座前のフライ屋。ジューッジューッと油の音をさせて串フライをあげている。今はすっかり減って、古着屋、古靴屋、古本屋などの間に挟まって二三軒しか残っていないけれども、一頃は、あの消防のところから、パウリスタの前角までことごとくこの串フライ屋で、そこを通ると、ずッと並んでジュージューと競争している図は実に異観だった。
 そして油じみたのれんをくぐり、油の匂いを嗅ぎながら、肉の小片と葱を交互に挿した串の揚げたてのやつを、ソースの皿の中にひたして、かぶりつく。その影がまたのれんに動いているのはとても面白いものだった。
  一銭の串フライなど喰み居れば、車の下に集う犬はも
  焼鳥を食い食い犬の足を踏み
 こんな短歌や川柳があるが、屋台の下には必ず犬が、人間が固くて噛み切れない肉を放ってくれるのを待っている。これも浅草における一つの生活姿態である。

 ひょうたん池の前の露天列。その中に、焼貝屋、色々な貝を焼いて売る。また、味噌おでん屋がある。その並びに、浅草名物、ハイカラ餅というのがある。
 白い丸い餅を、串差しにして、砂糖醤油のつけ焼だ。食ってみると、プリプリして、格別の味はないが、不味くもなく、第一どッしりと腹にこたえるのがいい。
 さて、このハイカラ餅の正体は何と心得ますか。これは、オブラートだ、といったらあなたは不思議な顔をさるるに違いない。
 オブラート工場で、丸く型を抜いたあとのオブラートの破片を買って来て、こいつを練るのである。すると、餅のごとくなって、かくはプリプリの歯ごたえを見せるのだ。
 今から十五年も前に大流行したものだ。その頃、ハイカラ餅という名がついた。しばらく途絶えていたが、最近になってまた、池の前に出たものなのだ。
 ハイカラ餅。これは名実共に浅草の浅草らしい名物である。

底本

浅草底流記 - 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1916565/78
コマ番号 78~79