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障害者雇用 稟議 めぐりめぐった愛情物語

今の会社には単発のイベントだったり、月単位や年単位のプロジェクトが立ち上がる。

たとえば私の関わる社員教育では、社員さんたちがそれぞれ社内体制の問題点を上司に提起し、改善計画を立てて、仲間をしたがえて協力して取り組むという1年間のプロジェクトがある。

このプロジェクトでは1年の終わりには集大成として、これだけやったよ!こんなことに失敗しちゃった!次からがんばるね!という発表会が開かれる一大プロジェクトである。

こういうプロジェクトを始めるにあたり、企画書面を作る必要がある。この書面を社員一同に公開して、社員たちはようやくプロジェクトに取り掛かることができるのである。

その書面が公開されるまでのプロセスが、これまたなんだかんだで遠い道のりである。

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企画書を社内に公表するまでには、社員がその書面をまずはとことん考えながら作成して、出来上がった書類を胸に抱え、複数の上司たちのもとへ参ってゆくという儀式がある。

これは物事を決定するまで管理者の皆様を巡り巡って許可を得てゆくというシステムである。

例えばヒラ社員はまずは直近上司の係長へのご参拝に始まり、次は課長補佐、その次はさらに部長という具合に巡ってゆく。

そりゃあもう、長い旅である。

まずは係長に発信書類を見せてプレゼンして、あーだこーだ指摘されて箇所を直す。直した文書を携えて課長補佐のもとに出向く。またまた直す。直した文書を携えて課長のもとに出向く。ここでも直す。部長のもとに出向く。またもや直す。

これを突破していよいよ発布という具合である。

ときにはやり直し命令がくだり、そうなると部下は「ハハーっ!」とずらかり、指摘された箇所を速やかに直したり、考えてこいと言われた箇所を自分なりにうんうんうなってひねりだした案を形にして、再度同じ上司にご参拝にうかがうこともある。

発信文書を公布するまでに数週間かけてまず文書を作成して、数日かけて上司たちのもとへ参拝し、ようやくその書面が日の目を見るのである。

この一連の流れと体制のことを、「稟議(りんぎ)」いう。

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とはいえ発信文書はイチから作るのではない。

昨年度のデータを持ってきて、日付けを修正して今年度バージョンにして、自分なりに改善点を見つけて書き直したりして、同僚や先輩に意見を聞いたりして、そんなこんなで磨き上げていく。

昨年も前任者が稟議書参りをした傑作なのだから、そう大きく変えることはないはずだろう。

ないはずなのだが、これが一発で通ることはない。

同じ上司であっても、である。

もはや神秘そのものである。

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私は社員教育プロジェクトのサブ役である。

メインの社員のお手伝いをするという位置づけである。

だから上司巡りにもメイン社員にくっついてまわり、指摘を受けたら首(こうべ)を垂れて一緒になって反省して、修正に挑むメイン社員を励ますという役割である。

修正箇所が多かったりしたら、私も修正を手伝ったりする。

プレゼンの時に上司からの質問にメイン社員が言葉に詰まったら、私が代わりに答えたりもする。

付き添い人みたいなものである。

サブで付き添い人なのだけど、不思議なことに稟議のたび(「度」でもあるし「旅」でもある)にどっと疲れる。

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つい先日知ったのだが、稟議というものは日本の特性なのだという。

そう言われると確かに納得がいく。

日本はどちらかというと集団主義の側面があって、それはつまり、個人の意見をそのまま通すのではなくみんなで一緒に考えようねという文化である。

個人のミスは全体のミスだし、個人の業績より全体の業績にどれほど貢献したかが重要である。

責任に関してもそうで、個人だけにすべての責任がかかっているわけではなく、関与した人びとが責任を背負う(形式上は上位だけが責任を背負うが、部下一同も反省する)。

みんなの業績、みんなの失敗、みんなでがんばろうねというのが日本の会社である。

この稟議にもこうした日本特性が出ているなと思う。

特性については、メリット・デメリットを見てみると明確だろう。(参考:Ringi System という名で書かれた英語の論文がある。https://www.ijmh.org/wp-content/uploads/papers/v1i7/G0055041715.pdf

メリットとしては、下っ端の社員が上層部に意見を見てもらいやすいということである。自分の考えを載せて上司に見てもらい、良ければ褒められるし、悪くても改善のために助言をくださる。

デメリットとしては、事前の根回しも必要になることだろうと思われる。これは時間がかかるし人間関係も良好に保つよう心がけが欠かせない。

さらに日本のような単一文化の中なら機能するが、多様な価値観のあるグローバル社会ではうまくいかないだろうということである。(上記の論文には明確には書かれていないが、内容をしっかり追うと、こういうことだろうと思われる)

稟議をはじめ、どの方法にメリット・デメリットはあるので何とも言えないが、とりあえず今のところ思っているのは「紙代がもったいないなあ」である。印刷して指摘を受けて10分後にはゴミ箱である。エコ精神がさいなまれて涙がちょちょぎれる。

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私はこの宗派には初めて入信したので、最初はびっくりしたのだが、これはもう、いかにたくさん上司に斬られ、褒められて、切磋琢磨していくかの成長物語であると思う。

上司は部下の差し出した書類をもとに部下を叱咤激励し、温かく見守り、その成長した分まるごと称賛しているように思う。

何秒速く走れたかという結果も大事なのだがそれだけではなく、どれだけ栄養を摂って牛乳を飲んでたっぷり寝るよう努力して筋力トレーニングをしたか、が褒める対象なのだ。と私なりに解釈している。

いろんな進め方があるのでどれが正解ということはないが、とりあえず人情をひしひしを感じることのできる方法ではある。

人の心の温かさ。

今の会社にいる上司たちは、とにかく部下のことが可愛くて可愛くてしょうがないのだという結論にたどり着いた今日この頃である。

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