[UPC] 手続言語の変更に関する判決紹介

2024.4.17 ORD_1894/2024 @UPC控訴裁判所

関連条文 UPCA 49条(5)


2024年4月17日に欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court; 以下「UPC」)の控訴裁判所(ルクセンブルク)は、Curio Bioscience Inc.(被告・控訴人、以下「控訴人」)と10X Genomics, Inc. (原告・被控訴人、以下「被控訴人」)との間の侵害訴訟に関連し、控訴人が求めた手続言語変更の申立てについて判決を下しました。

本件は、被控訴人が、2023年12月4日に欧州特許 EP2697391 に基づいて、控訴人に対する仮処分を求めてデュッセルドルフ地方部に提訴したことを発端とする案件です。控訴人は、UPC協定49条(5)及びUPC手続規則R.323条の規定に則って、2024年1月30日に手続言語をドイツ語から英語に変更することを求めたところ、同年2月26日にその申立てが却下されたため、却下決定の取消しおよび手続言語変更に係る費用負担を求めて控訴裁判所に控訴したという案件です。


UPC49条(5)及び手続規則R.323条の規定によれば、一方の当事者から手続言語の変更の申立てがなされた場合、第一審裁判所の長官は、他方の当事者及び合議体の意見を考慮した上で、「公平性(fairness)およびすべての関連事情(all relevant circumstances)」の観点から手続言語変更の是非を判断することになっています。


手続言語の変更を求めた控訴人の主張は次のような内容です。

  • 当事者はともに米国の会社であって、関連技術分野では英語が使用されているほか、手続きに関連する文献の半数以上は英語でしか利用できない。

  • 申立て通りに言語が変更されれば、ドイツ語から英語への翻訳に要する時間および費用の節約が見込まれる。

  • 侵害訴訟の被告である控訴人にとって、短期間で不慣れな言語で対応するのは控訴人にとって不均衡に不利である。

  • 約2000人の従業員がいる被控訴人に対し、控訴人には約30名の従業員しかおらず、控訴人の売上は、EU法に規定されたSMEの基準値を下回るとともに、被控訴人の売上よりも顕著に低い。

  • 被控訴人は言語の変更によって不利益を受けない。被控訴人は、英語で文書提出を行ってきたし、ドイツ語への翻訳を不要と主張しており、被控訴人の従業員は英語を使用できる。

  • 被控訴人は、口頭弁論終了後に出されたことを理由として当該申立ての受理拒絶を主張するが、これは新たな主張であって認容されるべきではない。また、UPCA第74条(3)に則して、手続きの終了は口頭弁論終結時ではなく、最終判決を以てなされる。

それに対し、被控訴人は次のような点を主張しました。

  • 控訴状には、控訴人および代理人の氏名・名称が適切に記載されておらず、控訴は棄却されるべきである。

  • 控訴人がSMEである点、不均衡さに関連して翻訳費用を削減できるとする点、控訴人がドイツ語に不慣れであるとする点については争う。ドイツ語は、EU人口の20%超によってネイティブ言語として話されており、EU圏内で最も広く話されているネイティブ言語である。それに加えてEU人口の10%超が外国語としてドイツを話している。

  • 控訴人の代理人の一人は、ドイツ弁護士の資格を有し、ドイツ語で手続きを行ってきており、また、同代理人の所属事務所は、ドイツ語に習熟した複数の弁護士を擁するドイツ事務所を有している。

  • 被控訴人は、ドイツにおける侵害事件に関し、ドイツ語を話す4名の裁判官から構成される地方部において、その代理人のネイティブ言語であるドイツ語で手続きを行うことについて正当な利益を有する。

  • UPCA第49条(5)には、「手続き(proceedings)」の言語と規定されている。UPCA第52条(1)によれば、口頭弁論と判決との間の段階は、手続きの一部ではない。したがって、本件のように、手続き言語の変更を求める申し立ては、口頭弁論が行われた後には認められない。


控訴裁判所は、手続言語の変更については、第一審裁判の長官が裁量の余地を有するとしながら(§19)、言語の変更を認めなかった今回の判断は、UPCA第49条(5)の解釈を誤ったものと認定しました(§20)。

控訴裁判所によれば、UPCA第49条(5)に規定の関連事情として、本事案で認められるべき事実は次の通りです。

  • 関連技術分野で主に使用される言語(§22)

  • 証拠(引用例含む)で使用されている言語(§22)

  • 当事者の国籍・住所(§23)

  • 当事者間の規模の差(§24)

  • 言語変更による審理遅延の影響(§25)

  • 特許の言語(§31-34)

  • 被告の立場(§28-30)

反対に重要性が低い、あるいは決定的でないと言及されたのは次の事項です。

  • 代理人の言語能力(§23, 26, 40)

  • 裁判官の国籍・言語能力(§27, 40)

  • 当事者がEU法におけるSMEに該当するかどうか(§38)

  • 当該言語がEU内で一般的に話されているかどうか(§39)

  • 当該言語が話されている国を市場としているか(§39)

  • 言語変更の申立てが審理開始から時間が経過していること(§41-42, 44)


控訴裁判所は、次のように認定するとともに、本事案の関連事情に照らせば、手続言語は英語とすべきであると判断しました。

  • 公平の観点から手続言語を特許に係る言語に変更する申立てを判断する際は、関連するすべての事情を考慮しなければいけない。関連する事情は、第一に具体的事案に関連するとともに、当事者の立場、特に、被告の立場である。利益衡量の結果が対等である場合、被告の立場が決定的事項となる(When deciding on a request to change the language of proceedings into the language of the patent on grounds of fairness, all relevant circumstances shall be taken into account. Relevant circumstances should primarily be related to the specific case and the position of the parties, in particular the position of the defendant. If the outcome of balancing of interests is equal, the position of the defendant is the decisive factor)。

また、被控訴人は、控訴人の負担で各書類の認証英訳の提供を請求していましたが、控訴裁判所はこの請求についても棄却しました(§45)。

言語変更の申立てが口頭弁論後に提出された点について、控訴裁判所は、UPCA第74条(3)の規定に基づいて、言語変更に関する決定は、第一審の主要手続きに関する判決言渡しまで可能であると判断しました(§44)。

なお、本件は、2024年4月2日に口頭弁論が実施され、その結審から約2週間で書面での判決が出されたことになります。


より詳細な情報が欲しい方は下記までご連絡ください。

tahara@regimbeau.eu

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