【リンク先削除に伴いスクショあり】【2月4本目】パチンコ業界独立宣言|全日遊連vs栃木県遊協にみる「独裁」の必要性
なんでパチンコ業界はこんなに苦境なんだろうね。
もはや根本から作り直すしかないのでは?
とは言っても、警察行政ってのは基本的に“規制”する官庁だし、どう足掻いても縮小倒産は免れないんじゃない?
ということでパチンコ業界の有り様についてちょっと根本から考えてみた。
世界とは
世界は絶えず変化する。
世界は人の意思で変えられる部分と変えられない部分がある。
これは世界の真理であり永久に不変だ。
人の意思とは
人は野生の動物ではない。
自然から与えられた環境だけで生きるわけではない。
人は自分たちの意思で環境を整え、生産し、家族を養い、自らも成長する。
自然災害や気象など変えられない環境も多いが、対応し、整えることはできる。
その整える力こそが創造性である。
自然な変化を待つだけでなく、人は自らが主人公となり、創造性を発揮することで変化を作り出せるのだ。
パチンコ業界にあてはめると
社会は絶えず変化する。
社会は人の意思で変えられる部分と変えられない部分がある。
これは洋の東西を問わず、人類誕生以来不変である。
パチンコ業は農林水産業や金融業、製造業とは違い、人類社会に必要なものとして自然発生した業界ではなく、本来は不要と言っていい。
ゆえに、パチンコ業の構成員は、自分たちの意思で環境を整え、生産運営し、家族をはぐくみ、自らも成長し、社会と折り合いを付けねばならない。
社会環境抜きに存在することは不可能であるが、それを整えることはできる。
その整える力こそが創造性である。
パチンコ業界の進むべき道とは
業界人が自ら、創造性を持って、社会における環境を整えねばならない。
業界人こそがパチンコ業界の主人であり、業のあるべき姿を決定する。
現状は監督官庁による“与えられたシステム”に乗っているだけであり、本質的に独立した業とは言えない。社会的な存在として自らを確立せねば、永遠に社会と融合できぬことは戦後70年に及ぶ業界史を見ても明らかだろう。
パチンコ業界を制度設計するにあたっては、監督官庁のみで決定してはならない。業界の主人である我々の声を反映させ、ないし声を反映する人物に託し、社会に適応して成長する制度を構築すべし。
パチンコ業界に不足しているものとは
官僚は制度設計に当該業界の人間を関与させたがらない。しかし、製造業や金融業といった一般業種と違い、官僚側にパチンコの知見が乏しい。
自らを主人として制度設計を行うべく、あるいは官庁による制度設計に深く関与できるようにすべく、政治家を動かす必要もあろう。
パチンコ業界は官僚および政治家に対してレクチャーを行う機関を作り、広報を行う。
新しき制度設計、それ即ち「あるべき姿」の実現である。
「あるべき姿」を実現するのは“人”
「あるべき姿」とは、我々が創造性を持って自分達の未来を構築すること。
あるべき姿の実現に必要なのは、雑多なアイディアを出すことよりも、具体的な制度を設計し対応する法律案を書き上げる能力と、実現に向けた政治家へのプロパガンダである。
世界は常に変化する。変化を促すのは“人”だ。社会も同様であり、我々の業界も同様、“人”により変化する。
各人の持つ変化への待望、願望、夢を束ね、実現に導く“人”は、我々を知り、我々のために動き、我々に利益をもたらす者でなければならない。
パチンコ独立宣言
1.業界人は、イデオロギーの右左を問わず、パチンコ業の発展を第一に考えること
2.パチンコ業の発展とは、規模の拡大により社会へ大きな利益をもたらす形であること
3.「あるべき姿」を早急に実現すべく、我々は自立的に業全体を指導監督する“人”を合議により選出し、一定期間この指導に従うこと
4.各人はパチンコ業界の主人は自分であると胸に刻み成長を義務とすること
5.この思想を政治行政社会全般に広く知らしめること
パチンコ業は自立独立し、極めて近い未来において日本社会から歓迎される存在となる。
迂遠な合議を積み重ねる時間的な余裕がない
独裁やんけ!Σ( ̄◇ ̄;)
という感じですが、そう、執行部に対して絶大な権限を持たせる期間限定の独裁です。
なぜこういう形に到ったかというと、今、全日遊連と栃木県遊協が沖ドキ問題でバトってるんですよ。
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