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摂州合邦辻

大阪生まれの私にとっての俊徳丸伝説はずっと引っかかっている話だ。
たぶん、大阪は聖徳太子が創建した四天王寺を中心にした寄る辺なき人々の作った町だからなんだと思う。だから、わざわざ上演されるのを知り、文楽の摂州合邦の辻を見に行った。

俊徳丸は説経節という鎌倉時代からの語り物だ。四天王寺の功徳を歌ったもので、色々な亜流がある。室町にまとめられたものでは、富豪の息子で美貌でうたわれた俊徳丸が継母が跡取りを自分の子にしたいがために毒を飲まされ業病にされて四天王寺にたどり着くという話だ。

元々は妻になった女性と観音の功徳で業病から解き放されるのだが、いつしか、反省して自害した継母の血を飲むことで開放される話になる。

継母の血、何の話だ。私は子供を授かり授乳してわかった。母乳は血から作られる。だから、鉄分不足になったりする。
これは母をなくした子の乳母を妻にした話だ。色んな話が作られる際に継母は気の毒ではということになっていったようだ。

かつて、乳母は貴族が子育ての負担を少なくして、たくさんの子供を生むためのものだった。母乳をやめると女性は妊娠しやすくなる。授乳の体力的な負担も少なくなる。
そのうち下々の富豪の家でも乳母を雇うようになる。しかし、大貴族の乳母は自分の子に乳母をまた雇えるが、それ以下だと、乳母が母乳不足で自分の子をなくしたりしたのである。
そして、何より恐ろしいのは母乳による感染症だ。今回のコロナ禍でもわかたがほんと恐ろしい。中にはハンセン病を発症する例もあったのだろう。
ハンセン病は濃厚接触で発症するので家族感染が多い。平和な江戸時代にもなると乳母の家族が発症している例がわかってきたのだろう。
だからこそ、継母が自害して、母乳の元である血をささげるのだ。

そこにあるのは人から収奪する罪業の恐ろしさだ。科学が発展して裕福になった近代化以前、人は人からいろんなものを収奪して生きていた。
女中なんか何をしてもいい。裕福な人が老いの介護のために若い妻を娶るなんか普通のことだ。むしろ、妻にしてもらったことを感謝すべきだろう。

江戸時代の傑作戯曲である摂州合邦辻を見て驚いたのは、介護のために嫁いだ継母である玉手御前が若く美しい俊徳丸に恋をして、彼を目の前から除けるために彼に毒を飲ませる話になっていることだ。

そして、彼女は出家して四天王寺傍に住む父、彼女を忠義の名のもとに老人に捧げた父である合邦を責める。
そして、父は忠義と娘への愛に引き裂かれる話になる。
この話は封建制という社会と人の情に引き裂かれる話になっていた。
名場面とされ、今でも上演される「合邦庵室の段」を見たのだが、悲しくてたまらない。

この戯曲は歌舞伎に移されるのがひどく遅かったらしい。文楽だからできる病の描写だからだとも思うが、大正時代に禁止されたように家父長制への批判が強いからだろうと思う。

この話が俊徳丸から派生したのは寄る辺なき人を守る四天王の話なんだからだと思う。




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