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動と静を描く 〜ダイの大冒険(2020年版)第10話〜

ダイの大冒険(2020)の第10話が放送された。今回は、クロコダイン戦での勝利のあとのシーン、船出、パプニカ上陸と、ヒュンケルとの初対決までが描かれた。

正直なところ今回はいままでの中で、このnoteとしては一番書くことが思いつかない回だった。それは別に今回の描写がどこが良い悪いとかいう話ではなく、そもそも今回のエピソードは、物語の緩急・静と動という流れでいえば、静の部分にあたるものだからだ。
長い物語というのは、「動」の連続だけでは読者・視聴者も疲れ切ってしまう。確かに冒険アクション漫画である以上、戦闘を中心とした動のシーンがあってこそなのだが、その動を引き立てるためには、静の場面との対比が重要になってくる。その意味で、今回の第10話は静のエピソードとして、つつがなく楽しめたという意味で、全体としての演出はうまくいっていると思う。
余談だが、動と静という言葉は原作にも出てくる、それは無刀陣をヒュンケルが使うときで、まだだいぶ先ではある。

その静のシーンが終わり、いよいよパプニカ上陸から、ヒュンケルとの対決になるわけだが、ここで91年版と見比べていて不思議なことに気づいた。91年版では、ダイとヒュンケルの初戦は、建物の地下らしきところで行われている。原作および2020年版では、普通に屋外で戦っている。
91年版でなぜこんな演出がなされているかだが、91年版は原作に追いついてしまう問題を回避するために、独自の要素を追加した「尺を延ばす」描写が取り入れられている。これの1つだと考えられる。最初にダイで出会ったとき、仲間のフリをする演技を長く行うヒュンケルが、建物の地下にいざなっていくのだ。
91年版はバラン戦の途中までが描かれるので、2020年版のペースを考えると、25話程度でそこまで到達すると思われる。すると、この比較(新旧アニメ)ができるのもあと4〜5ヶ月だろうか。
当時の制作・放映事情を考慮しながら見比べることができるという意味で、なかなか興味深い楽しみ方ではあるので、返す返すも91年版が打ち切られたのが惜しい。
ただし、もし仮に91年版が最後までアニメ化されていたのなら、今回の2020年のアニメ化の話というのは出てこなかっただろう。そういう意味では、残念ではあるが91年版が1年弱で打ち切りになったことも、今もつながっている。

あとは、これはアニメの描写に関してではなく、ストーリーと設定に関してふと思ったことを書いておく。
今回の話の前半で、ロモス王がダイを真の勇者認定するが、ダイが未熟だと言って断るシーンがある。そのあとで、ロモス王はこころの中で「人々はお前を勇者と呼ぶだろう」と温かいエールを送っている。

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しかし、原作読者たちは知るとおり、このあとダイはキルバーンが仕掛けたドラゴンたちとの戦闘の中で竜の紋章を発動させた結果、命を救った街の人間たちから恐れられるという、深い傷を心に受けるシーンが描かれる。そして、ダイは自分が同じ人間ではないのだろうかというアイデンティティの困難にぶつかっていく。
この展開が、私が特にダイの大冒険という漫画を好きな理由の1つである。世界を救うヒーローは、なぜか救っている人々から疎まれ、むしろ敵の親玉であるバーンからスカウトされる。それでもなお、その誘いを断り、人件の心の弱さ、汚さを受け入れながら、それでも世界を愛するという意志で最終決戦に臨む。そしてバーンを撃破するも、最後のキルバーンの罠から世界を守るために命を張った結果、行方不明のまま物語が終わってしまうのだ。

なぜこんな終わり方なのかということについて、続編の構想があったからだという話は聞く。しかし、だからといって、別にハッピーエンドで終わっても、これだけ魅力的なキャラクターや豊かな世界描写がある作品なのだから続編は作れるはずだ。たとえばスター・ウォーズはどう観ても旧3部作(4〜6)の完結できれいに終わっているのに、エピソード1〜3がつくられ、さらに10年以上あけてエピソード7〜9が作られた。展開に文句をいうファンもいるが、多くの人々は満足して楽しんでいる。エンターテイメントとはそういうものだろう。

アイデンティティに悩み、救うべき相手から嫌われる「純粋」なる英雄というのは、読者からしてもなかなか感情移入が難しい。それはなぜか。アイデンティティの問題も確かに多くの人にとって自分ごとではあるかもしれないが、それを世界の選択につながるところまでが一体化することはほとんどない。

対照的なのはポップやハドラーだ。もともと臆病で仲間を見捨ててしまうくらいだったポップが「勇気」に目覚め、劇的な成長を遂げること、また姑息で残酷なハドラーが、正々堂々の勝利を希求する中で段々と邪心がなくなり、最後には完全なるダイやポップの味方になること。これらのキャラの辿る経験というのは、私達にとっても共感しやすいものである。人は誰しも心の中に弱さを持っていて、それに向き合うことは普段なるべくしないようにしているが、非常時にはそれをせざるを得なくなり、結果的にそこから大きく成長することがある。私達はそれに憧れを持っている。そして、時々には、実現する。

ダイの大冒険は、主人公の周辺にいるキャラクターたちが魅力的で、その心情に共感が抱きやすいという点で素晴らしい傑作だが、一方で主人公の葛藤は最後まで、読者も、そして仲間たちも手の届かないところに進んでしまうという点が特徴的だと思う。私は、そこも含めて、この作品が好きなのだ。

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