『蝶塚』感想
昨年(2023年)11月11日に開催された文フリ東京37で、神崎ユウさんの『蝶塚』を購入。
もともとkindleで買っていたものの、なかなか読めていなかったのだが、ついに読了したので感想を記す。
僕はやはり紙の方が好きなので、紙の本で読了した。
『蝶塚』は300ページ超の大ボリュームで、このずっしりとした重さを手に取り、ページをめくること自体が一つの楽しみであると思う。
そしてカバーを外すという行為も紙の本ならではだ(なお、本編を読む前に慌ててカバーを外してはならない。また、kindleでもカバー下のイラストは収録されている)。
話の内容としては、体が透明になるなどの不可思議な症状の病に関する物語である。
こうした様々な奇妙な病を「蝶」と呼び、これらを蒐集した場所を「塚」と呼ぶ。
これがタイトルの『蝶塚』の意味である。
この点からも分かる通り、正直に言って読む人を選ぶ作品であることは間違いない。
苦手な人は受け付けられないであろう。
が、この手の話が突き刺さる人にとっては、もうすごい作品なのだ。
主に5章の物語だが、多くの個性豊かな登場人物がいて、幅広い事柄が詰め込まれているので、読者がそこから何を感じるかは千差万別であろう。
明治時代を舞台にしたこの作品は、ホラーやミステリの要素を多く持ち、稀有なドラマを展開していく。
-----<以下、ネタバレ>---------------------------------
第一章の「透徹」では、体が透明になる病が取り上げられるのだが、自分の娘がこの病にかかってもこれを放置していた母親が一つのポイントとなる。
なぜ、という動機のミステリなのだが、ここに親子関係も絡んできて、この病の持つ意味が明らかになる展開は、興奮させられるものがある。
緤と 謀という少女が出てくるのだが、彼女たちに感情を揺さぶられる。
過酷な状況の中であっても、強く楽しく生きていく、というスタンスからは、ユウさんの「真夜中の学校」を思い出す。
第三章「火花」 は、最も美しく、最も恐ろしい病が描かれる。
扉ページのイラストを見てから本文を読むわけだが、本文を読了してから改めて扉ページのイラストを見ると、その重さを感じる。
第四章「時刻刻々、水のよう。」は、人間と神の話であり、和風ファンタジーの要素が強い章である。
まだ幼い子供は神の世界に属するものであり、このときだけ、神の存在に触れることができる、かかもしれない。
そんな奇跡の一瞬(良いことか悪いことかは分からないが、物語としては奇跡そのものだ)を見事に描いている。
そして最後の一文が好きだ。
第五章「鬼の話」、「登場人物紹介」(これがあるのは大変ありがたい。よりキャラのことがよく分かる)、「あとがき」とたっぷり読める一冊であるが、僕が最も心惹かれたのは、第二章「碧血」である。
ここでは一人の人間が昆虫へと姿を変えるという病にかかっていく過程が描かれる。
その変容はグロテスクなものであり、外面の変化によって、人間の内面が変化していく過程が本人と周囲の視点から、事細かに描かれるのは読んでいて相当なものであった。しかもそれが人為的なものなのだ。
人間が猫や犬になるというのは同じ哺乳類の話であって、かなりハードルが低い。
人間が人形やロボットになる、というのもある程度受け入れられやすい。
が、昆虫である。
複眼での視野の変化、体の腹部などの変化の描写は、なかなかにヘビーである。
(ちなみに僕は昆虫はあまり得意ではない。子供の頃はカブト虫などは好きだったが、今は触れる自信がない。蜘蛛は絶対にダメ。蛙や蛇は大好きだ)
そしてこの物語の背景にあるのが、死の概念である。
人間と昆虫でこの概念が異なる、だから昆虫になる。ほとんど「個」という概念がないその世界は身近にあるまったくの異世界だ。
ミステリとしても、兄と弟の関係、そして家という束縛が描かれ、読み応えたっぷりであった。
以上、『蝶塚』の感想でした。