草と除草剤がぼくらの友だち

 私たちは忘れてしまったものでできている。気づくことのない関与といったもの。まるで温め直されなかった無味な食事を消化してきたみたいだ。私たちは、一度も近づいたことがないのに別れ別れになったふたりのふりをしている。
 玄英さんとは三十年前、若い時代に出会った。その距離は思い出すとかえって遠ざかるような地点をさし、そこは私にもおそらく玄英さんにも思い出されることはない場所である。ただ、たとえば、若いカップルがいつも座る喫茶店のテーブルがあって、その後ふたりがどうなっても、あのテーブルだけはふたりのことをけっして忘れない、どんなふたりにもそういうテーブルがあるんじゃないかと信じることはできる。そのテーブルはいまなにを思い出すだろう。
 最近出た加藤治郎の歌集『Confusion』を開いて出会った歌がある。「芸術時間いかがですかと声が過ぎ玄英さんはあっちに行った」。ああ、今でも玄英さんはこういう誘惑をうけるひとなんだと思った。善人なのである。善人とは、みずからの悲劇を身をもって生きようとするひとのことなので、ふつうなら「まっぴらごめんだ」というしかない倫理を背負っている。彼もまたじしんの悲しみや苦しみに愛されて立ち止まり立ち去ってゆくしかなかったのである。詩人なら眠っているあいだにたえず亀に追い越されなければならないのに、玄英さんは善人であるがゆえに眠っているウサギを追い越していってしまう、これが加藤治郎の「玄英さんはあっちに行った」である。

 よく話題になるのでちょっと書いておくと、玄英さんの詩のカタカナは外来語ではなく外国語である。美しい言葉はかならず外国語で書かれるというプルーストの言葉を思い出すべきだろう。さいきんの歌の詞にかならず横文字が入っている理由もそこにある。奥ゆかしい詩人は、ポップな詞のように髪を金色に染めたりほんとうの外国語を挿入するような白痴的な美学手法をとれないので「自国語のなかの外国語」を求めてゆく。この作業が吃音を生む。どうしても言葉は集約されようとしてそれにあらがい、詩人をどもりに変えてゆく。

眠りは
コップの底に沈んでいる
わたなべクン 溶けちって
ほりでい、になってんのね
空から
あざらしが降ってくる
あざらしが降るの、なぜですか?

「あざらしの降る夜に」冒頭
渡辺玄英『火曜日になったら戦争に行く』より

 吃音者になるいがい、もはや人間にはなにも起こらない。なにかが起こるのはテレビの中だけだ。テレビやインターネットの背後にはむき出しの権力が立っているというのは本当だろうか。玄英さんの詩は同じ直接性を借りて背後に個人の悲しみを立たせようとする。でも背後になにかが必要なのだろうか。たたかうべきは〈直接性〉そのもの、あるいはその効果とではないだろうか。
 かつて「読むこと」を補填するのは「もっと読むこと」だった。言葉の向こうになにかがあると信じられていた、直接性に支配されていない時代のはなしだ。作品の価値は、直接性をさまたげ、直接性が破壊しようとしているものを守ることそれだけのような気がする。もしも星が直接的な希望なら燃え尽きようとする〈堕=星〉を手にする。もしも草花が直接的な自然なら除草剤を撒くこと、それだけがなにごとかである。玄英さんの詩はどこにゆくのだろう。その行方はまるで手に取るようにさっぱりわからない。

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